にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ
にほんブログ村

夏の短夜、秋の長夜

  あじさい



水無月に入った。 昼の時間が長くて、19時過ぎてもまだ風景が分かるほ
どの明るさだ。 もう季節は「夏」と言っていいだろうか。

一日は24時間、日が長いということは、夜が短いということ。 そんな短夜
の「月」を詠んだ歌がある。

「百人一首」36
夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを 雲のいづこに 月宿るらむ
                    清原深養父  [(『古今集』(一六六)]
 (夏の夜は短くて、まだ宵のうちと思っていたのに明けてしまったけれど、
 それでは(沈む間もなかった)月はいったい雲のどのあたりに、宿をとっ
 ているのであろうか。



空に昇った月、夏は夜明けが早いので、急いでも 西の山の端に隠れるの
に 間に合わないことだろう。 月は一体どこの雲に泊まっているのだろう
か、と作者は月を擬人化する。




夏の短夜とは真逆なのが 秋の長夜である。 
次に上げたは「恋」の歌として伝えられるが、「秋」の季節の歌であるのだ。
どうしてこれが「秋」の歌と言いきれるのだろう。


「百人一首」3
あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の 長々し夜を ひとりかも寝む
                     柿本人麻呂[『拾遺集』恋三(七七八)]
( 山鳥の長く垂れ下がった尾のように、長い長いこの秋の夜を、私はひとり
 寂しく寝ることになるのであろうかなぁ。




恋しい女性(ひと)を思って眠る切ない夜は長い。
「長々し夜(よ)」= 長夜 というから、季節は「秋」。


「いいや、眠れない切ない夜だから、長く感じるから長夜なのだ」 と、言う人
がいるかも知れない。 だが、それは当たってはいない。

「夜長」は「秋」の季語でもある。これら2首の歌が代表する時代の人の心は
現代の人々が想像する以上に季節の感覚、自然への同化的感情が大きな
位置を占めていた。

そんな心の器の中に自らの感情を浮かべるように、昔の人は物事を感じ取っ
ていたのではないだろうか。



  ちこり
   「チコリ」 と 「セロリー」の苗を買って植えただけだが、生長が見られるのは楽しい。



コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

Keiko

Author:Keiko
写真:【 唱歌:「案山子」の立つ見沼氷川公園】

こんにちは! 日本古典文学
研究に従事しているものです。
子育てがほぼ終了という頃に
大学院に入学、現在は 古典
文学講座の講師をしています。

こちらには 自然と文化と歴史
を感じながら‘知るを楽しむ’
日常を記しています。         
     

カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
私へのメールはこちらから

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ
カテゴリ
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
日本ブログ村 ランキング
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR