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おとな歴旅 -京都編ー ⑤

北野天満宮 (北野神社)

大内裏の北にあたる地ということで古来より「北野」と呼ばれてきた一帯は、
大嘗祭で東西の斎(いもい)場所が設けられるなどの神聖な場所でした。

 そこに天暦元年(947)ごろ、悲劇的な最期を遂げた菅原道真を天神とし
て祭る北野天満宮が創建されました。

     北野天満宮



延喜元年(901)に藤原時平の策略で無実の罪をきせられた菅原道真は
大宰府(福岡県)に流されて2年後、都に戻ることなく流罪地で死去します。

都では雷が落ちることによる火災、飢饉など不穏な事態が相次ぎました。
これは菅原道真公(以下「菅公」)の怨霊の祟りだとの風聞が流れます。

そんな中で神託が下ったことを受けてを祭神として造られたのが北野天神
です。


  本殿参拝




北野天神は、祇園牛頭(ぎおんごず)天王とならび京都庶民の御霊信仰の
代表的な祭神とされています。

世の非道を正し冤罪を晴らす神であり、菅公が学問上も非常に優れていた
ことから文芸や学問の神として崇敬されてきました。


  牛と梅


           梅の花



境内には菅公にちなんで梅の木が多く植えられ、京の都に春の訪れを告げ
る風物詩となっています。

2月25日の梅花祭にはまだ1ヶ月余りあるのですが、今年はもうこのように
開花していました。



菅公が太宰府左遷の時に詠んだ有名な歌が

東風(こち)吹かば匂ひ遣(おこ)せよ梅の花主(あるじ)なしとて春を忘るな
東から吹く東風に乗せて、匂いをこちらに送ってくれ。主人の私がいなく
 なったからといって春を忘れて咲かなくなってはだめだよ


そう詠みかけられた京の屋敷の梅は、主(あるじ)である菅公を慕って、
一晩のうちに太宰府に飛んでいったという「飛梅伝説」が生まれたと
いうことです。

また、北野天満宮では、
天正十五年(1587)には豊臣秀吉が全国の茶人を集めて「北野の大茶会」
を催し、江戸時代初期には境内で歌舞伎や能が興行されました。

     大茶会の跡


北野天満宮は文化的な場所としても知られています。



  声を聴く

           <古木に 時代の声 を聞くー>



  湯葉あんかけ

   天神さん 横のお店で昼食 「ゆばあんかけ丼」です。
   
   湯葉をメインに、京野菜も入ったおじや(雑炊) “あんかけ”にすると、
   出汁のお味が生きて、しかもやさしいお味になるのですね。

   湯葉の天ぷら、白和え、などもお美味しくいただきました。 

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プロフィール

Keiko

Author:Keiko
写真:【 唱歌:「案山子」の立つ見沼氷川公園】

こんにちは! 日本古典文学
研究に従事しているものです。
子育てがほぼ終了という頃に
大学院に入学、現在は 古典
文学講座の講師をしています。

こちらには 自然と文化と歴史
を感じながら‘知るを楽しむ’
日常を記しています。         
     

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