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これが 逢坂の関

「百人一首」10 ・ 『後撰和歌集(ごせんわかしゅう)』雑一(1089)       

    これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関
                                  蝉 丸 

  コレヤコノ イクモカエルモ ワカレテワ シルモシラヌモ オオサカノセキ

これが都から東国へ旅立つ人も、帰ってくる人も、知っている人も知らない
 人も、逢っては別れ、別れてはまた逢うという、逢坂の関なのだなぁ。




  関跡に私

逢坂山関跡碑 東海道と東山道が交わって京へと続く交通の要衝で、古来から
和歌に多く詠まれました。

2001年に一度訪れています。まわりの状況もはっきりと記憶に残っていましたが、
写真などのデーターが紛失(消去?)したようなので、再訪の「歌枕」です。


逢坂の関 はかつて東国へ旅立つ人や帰ってくる人たちで賑わった関所。

『後撰和歌集』に載る この和歌の 詞書(ことばがき)によれば、作者である
蝉丸(せみまる)は、この関の光景を毎日のように見て、この歌を詠んだこと
になります。

  休息所

13年前にはなかった、関跡碑に並ぶように設けられたお休み処。国道1号
線沿いで、車どころか自転車を駐める場所もなかったのですが、ここで少し
足を止める人の姿もみられました。

   国道
  すぐ前は、こんな感じです。



  蝉丸大明神

京阪山科線・大谷駅近くにある 蝉丸神社 です。 

 蝉丸神社

階段を上がって、右手にある舞台と本殿、以前と少しも変わらない風景です。


蝉丸という人物については、平安時代前期の人という程度しか確かなことは
わからず、人物像は歴史の闇の中。

『今昔物語集』では琵琶の名手で、盲目の法師ということになっています。


再訪記念に、こちらで昼食をとることに、

  御座席かねよ


    鰻まむし <特鰻まむし

    “まむし” ですって! へび ?

   いえ、「まぶし(塗し)」が転じて「まむし」だとか。
 辞典に、「鰻丼の京阪地方での称」とあったので ホッ。 

   鰻がご飯の間にも入っていました。   



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プロフィール

Keiko

Author:Keiko
写真:【 唱歌:「案山子」の立つ見沼氷川公園】

こんにちは! 日本古典文学
研究に従事しているものです。
子育てがほぼ終了という頃に
大学院に入学、現在は 古典
文学講座の講師をしています。

こちらには 自然と文化と歴史
を感じながら‘知るを楽しむ’
日常を記しています。         
     

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