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和室 で かるた遊び

   < 歌かるた の 歴史

 鎌倉時代の前期、藤原定家によって選ばれたとされる 「小倉山荘 色紙和歌」、これ
が 「百人一首」の原形と言われています。

室町時代になると「百人一首」の写本が多く出回ります。 ポルトガルから日本に入って
きた「カルタ」と結びついて、ここで初めて「小倉百人一首かるた」が登場します。

但し、この「かるた」は 和歌の「上の句」 と「下の句」が別に書かれただけのものです。
2枚で1組となるという点で、平安時代の遊びである「貝覆(かいおお)い」に似ています。

「貝覆い」とは二枚貝を分けて伏せ、対のものを探す遊び。「貝合(かいあわせ)」とも言い、
歌が書かれた貝を「歌貝」と言いました。


 江戸時代になると、「かるた」に 歌仙絵(歌人の肖像画)が添えられて流布します。
逸品とされる尾形光琳作「光琳歌留多」も誕生しました。

このころの「かるた」は公家や大名のお姫様が花嫁道具にするほどの、たいへん豪華
なものもあったと想像されます。

そういった「かるた」は、一斉に取り合うことはしないで、だた上の句を自分で見て、下
の句を探し当てるものでした。 女性向けの和歌の入門、啓蒙書としても尊重されたと
いいます。

 一方で、「かるた」が大奥や遊郭でも遊ばれ、やがて町民たちの間にも広がっていく
と、「かるた遊び」 は、自然と 「札を取り合う遊び」 となっていきました。

明治には お正月の行事として「百人一首かるた」が定着するともに、「競技かるた」が
ブームとなりました。 「競技用標準かるた」 は明治三十七年に発行されています。


    P1050367.jpg
     <獨協大学オープンカレッジ  和室で かるた遊び を行いました>




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プロフィール

Keiko

Author:Keiko
写真:【 唱歌:「案山子」の立つ見沼氷川公園】

こんにちは! 日本古典文学
研究に従事しているものです。
子育てがほぼ終了という頃に
大学院に入学、現在は 古典
文学講座の講師をしています。

こちらには 自然と文化と歴史
を感じながら‘知るを楽しむ’
日常を記しています。         
     

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