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鎌倉 ウォーク   ① 壽福寺(じゅふくじ)

鎌倉駅 東口から出て、徒歩10分


   壽福寺


鎌倉市扇ヶ谷にある臨済宗建長寺派の寺院で、鎌倉五山第3位に列せられる古寺。

本尊は釈迦如来、開基(創立者)は北条政子、開山(初代住職)は栄西である。

 妻・北条政子が夫の源頼朝菩提を弔うために建てた寺ということだ。




総門の間から、石畳の参道が真っ直ぐ延びている。若葉に覆われた源氏山が美しく

静けさに、心が洗われるようだ。



   鐘楼

中門 右手に鐘楼。杉やカエデの木々が茂り、水音が耳に届いた。

山の方からはウグイスの鳴くこえが、深く、長く聞こえてくる。



   ビャクシンは鎌倉市の天然記念物


境内のビャクシンは、鎌倉市の天然記念物。 古木が4本 歴史を見せていた。





   本堂



仏殿から先は非公開だが、左手に廻って、道を進むと、裏山の墓地に続く。



高浜虚子、大佛次郎の墓がこちらにある。先祖代々のお墓と思われるので、
静かに 通り過ぎる。




鎌倉時代の歴史を訪ねる 「とはずがたり」文学散歩  としては、


やぐら(祠)の中にある 源実朝、北条政子、の供養塔である石造五輪塔に
お参りしたい。


     北条政子の墓
           北条政子の墓



     実朝の墓
            実朝の墓



来た道を辿って、壽福寺の境内に戻る時、頭上で時鳥が盛んに鳴くので見上げた
ところ、

枝から枝に移ろうと、激しく羽を羽ばたきながら鳴いている姿を しっかりと見る
ことが出来た。


      うぐいす

写真に撮ることなどは 出来なかったので、源氏山公園の看板を見て「コレだった!」
と叫んでおいた。  ひとりで感動の極み(笑)






鎌倉時代の重要な記録「吾妻鏡」(あずまかがみ)には、政子の遺体は勝長寿院
(しょうちょうじゅいん)のかたわらに,実朝は高野山の金剛三昧院(こんごう
ざんまいいん)に葬られたと記録してある。


源実朝(みなもとのさねとも)(1192~1219)
三代鎌倉幕府将軍。源頼朝・政子の次男。歌に打ち込み、藤原定家に学んだことも
あって将軍の余技を超え、独自の歌風を確立していた。

健保7年(1219)正月27日実朝は、頼家の子・公暁に暗殺された。

北条 政子(ほうじょう まさこ)(1157年~1225年)
鎌倉幕府を開いた源頼朝の正室。伊豆国の豪族、北条時政の長女。
伊豆の流人だった頼朝の妻となり、頼朝が鎌倉に武家政権を樹立すると御台所と
呼ばれる。夫の死後に落飾して尼御台(あまみだい)と呼ばれた。

父・時政の名から一字取って命名されたものであり、それ以前の名前は不明。

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Keiko

Author:Keiko
写真:【 唱歌:「案山子」の立つ見沼氷川公園】

こんにちは! 日本古典文学
研究に従事しているものです。
子育てがほぼ終了という頃に
大学院に入学、現在は 古典
文学講座の講師をしています。

こちらには 自然と文化と歴史
を感じながら‘知るを楽しむ’
日常を記しています。         
     

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