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末の松山 波越さじ(すえのまつやま なみこさじ)

<「百人一首」42番の歌>

契りきな かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 波越さじとは
ちぎりきな   /かたみにそでをしぼりつつ   /すえのまつやま /なみこさじとは          

約束しましたよね。おたがいに袖の涙をしぼりながら、あの末の松山を波が越す
 ことのないように、私達も決して心変わりしないと。



恋の歌です。愛を誓い合ったのに、約束を破った相手を責めているのですが、
平安中期には「波が末の松山を越す」というのはあり得ないことのたとえとされ
ていたことが分かります。



ここで詠われた波とは、平安前期の大地震、貞観地震(じょうがんじしん)の大
津波と思われます。東方沖の海底を震源域とし、地震の規模は少なくともマグ
ニチュード8.3以上であったとされ、地震に伴って発生した津波による被害も甚大
であったといいます。



     末の松山 (1)

                   <末の松山>




     末の松山 (2)

                   <宝国寺>


宮城県多賀城市。著名な歌枕の「末の松山」は今度の震災でも波が越えることは
ありませんでした。




4月8日(火)の毎日新聞によりますと、当地では

「地震が来たら竹やぶ、津波が来たら「末の松山」へ逃げろと、おじいさんから
教えられていた」という人が、避難勧告放送を聞くと同時に「末の松山」に逃げ、
家は浸水したが、家族は無事だったそうです。

また、「末の松山」と伝わる丘を守ってきた宝国寺の住職は、「200人くらい避難
してきました。じっちゃん、ばっちゃんの口伝えで『地震が来たらお寺に逃げろ』と
地域に伝わってきたのでしょう」と話しています。

住人が続々集まり、観光客もつられて上がってきて「末の松山」は地区の避難所に
なったそうです。





この記事によって、愛の誓いに使われた「ありえないこと」のたとえである「末の松山
波越さじ
」が、今回の震災で見事役に立ったということを知りました。



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Keiko

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写真:【 唱歌:「案山子」の立つ見沼氷川公園】

こんにちは! 日本古典文学
研究に従事しているものです。
子育てがほぼ終了という頃に
大学院に入学、現在は 古典
文学講座の講師をしています。

こちらには 自然と文化と歴史
を感じながら‘知るを楽しむ’
日常を記しています。         
     

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