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埼玉県 「都幾山 の 桜」 に 「百人一首 の 桜」 を 想う

日中の気温も上がって、風もなく穏やかな日となった15日(月)、ときがわ町にある
都幾川(ときがわ)の上流です。

   都幾川上流

都幾川の河原から見える山の名も、都幾山というのですが、ここでは八重桜が咲き始め
ているなかに、まだ山桜も見えて、シャガ、山吹、三つ葉ツツジなどが花好きの人たち
の目を楽しませていました。

   

   シャガ
毎年恒例になっている「シャガの群生」の写真を撮りに寄ったのですが、


みかも山で八重桜を撮った後でしたので、今回は、「桜」に注目。同じ「八重桜」とは
いえども、種類によって花の雰囲気がこれほど違うのかと驚きました。

   普賢象
        
      普賢象(ふげんぞう)と名札が下がっていた八重桜です。


   東錦

       こちらは 東錦(あずまにしき) とありました。


他に、名前は分からないのですが、こんな 八重桜 も咲いていました。

   P1000736.jpg


   P1000739.jpg


現代では、八重桜の種類も数え切れないほどあるということですが、さて、「百人一首」
にも採られている 伊勢大輔(いせのたいふ)が詠んだ 八重桜 はどのような花だったので
しょうかね。




「百人一首」の中には、桜 が詠まれている歌が 六首 あるのですが、「八重桜」はこの
歌だけです。


61 いにしへの 奈良の都の 八重桜 今日九重に にほひぬるかな
                        伊勢大輔[『詞花集』春(二九)]


[歌意] 昔の古い都奈良に、美しく咲いていた八重桜が、今日は この九重(宮中)に、
    みごとに咲きほこっていることですよ。


この歌はこのような状況の中で詠まれた歌だそうです。
  
宮中 清涼殿の前庭で、奈良の興福寺から届けられた桜を受け取る儀式が行われて
いました。

天皇と中宮である彰子様、その父の太政大臣藤原道長をはじめとする多くの公卿や女官
たちも左右に分かれて控えています。

興福寺の僧都がささげ持った桜を受け取るお役は、あの『源氏物語』の作者である紫式部
でしたが、彼女から名誉ある「受け取り役」を新参者の伊勢大輔に譲られたのです。

急のご指名にもかかわらず、伊勢はたじろぐことなく、即座にこの一首を朗詠しました。

この歌に対して満座から賞賛の声があがって、伊勢大輔の晴れがましい宮中デビューと
なったということです。



昔 奈良の都で咲き誇った八重桜が、今日は「九重」の宮中でいちだんと美しく咲き誇っ
ておりますね と、王朝の繁栄を讃えている歌です。

平安時代に咲いていた八重桜の中でも、最高の桜であったことは間違いないでしょうね。






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プロフィール

Keiko

Author:Keiko
写真:【 唱歌:「案山子」の立つ見沼氷川公園】

こんにちは! 日本古典文学
研究に従事しているものです。
子育てがほぼ終了という頃に
大学院に入学、現在は 古典
文学講座の講師をしています。

こちらには 自然と文化と歴史
を感じながら‘知るを楽しむ’
日常を記しています。         
     

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