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美濃の国へ


岐阜に行ってきました。出来れば行事が終わった後に、大垣市の方へ足を伸ばし
て『とはずがたり』巻四にある「美濃国赤坂の宿」(旧中山道の宿場町)を訪ねてみ
たかったのですが、諸事情によって今回は叶いませんでした。

そこで、岐阜駅に近い場所で「文化と歴史」の地は・・・ということで、長良川と、
岐阜城(稲葉山城)に寄ってみることにしました。私には馴染みの深い地なのですが、
改めて行ってみて、鎌倉時代はどうだったのかをも確認してみることにしました。



岐阜は、「美濃を制する者は天下を制する」と謳われた地、JR駅前に織田信長像が
金色に輝いて立っていて驚かされました。(え~ コレ、いつ出来たのでしょう?)


織田信長が尾張清洲から、稲葉山城に移ったのは1567年ですが、齊籐道三よりも
歴史上名の高い信長にスポットが当てられて、観光の目玉になっているようです。

駅前に停車中の路線バスの車体にもカッコイイ信長が大きく描かれていて目を引きます。


岐阜市の中心部を流れる長良川は名水100選に選ばれている清流です。春から秋
にかけては1300年の歴史を持つ古代漁法の鵜飼が行われ、華麗な伝統の技が受
け継がれています。

長良川鵜飼い   鵜飼い舟



河畔から見上げた岐阜城、原生林に覆われた標高329mの山頂にある山城です。

     岐阜城


ロープウェーですと3分で山上の駅。そこからも急な坂道を上って行くと鉄筋コ
ンクリートで再建の綺麗な城に到着です。


天守閣からは、長良川や遠く連なる伊吹の山並みも一望できます。

     城からの風景


     岐阜城上から



鎌倉時代に二階堂行政(ゆきまさ)がここに砦を構えたのが築城のはじめです。

二階堂氏は鎌倉の二階堂という地に住んでこの氏を称えました。その後、行政の子孫
がここに居城して、姓を稲葉氏と改めたために稲葉城といわれるようになったのです。

築城800年を迎えた城は、1552年に土岐氏を追放して美濃の国を領した齊籐道三
や道三の娘婿となった織田信長の居城として広く知られていて、鎌倉期について触れら
れることはあまりないようです。



金華山の麓に広がる公園で、発掘調査中の「織田信長居館跡」も見ることができました。

     居城跡・発掘中


居館跡は、巨石を使った通路、石垣、土塁状の遺構、礎石などの一部が整備、復元
されていて、これも暫く岐阜公園に来る機会がなかった私には新しい名所でした。



ロープウェーの切符の図。これを見ると安土桃山時代の稲葉山(金華山)の居城の
様子が分かって、目の前の山に重なって浮かんでくるようです。

     図


この日も35度の猛暑日でした。戦国時代の夏は如何ほどだったのでしょうかね。

今では、城内展示中の 鎧甲 を着けて外に出るだけで、熱中症になってしまいそう
な時代になってしまったのですが。





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プロフィール

Keiko

Author:Keiko
写真:【 唱歌:「案山子」の立つ見沼氷川公園】

こんにちは! 日本古典文学
研究に従事しているものです。
子育てがほぼ終了という頃に
大学院に入学、現在は 古典
文学講座の講師をしています。

こちらには 自然と文化と歴史
を感じながら‘知るを楽しむ’
日常を記しています。         
     

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