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「とはずがたり」を歩く

ゆっくりしてたら、すぐに暑い季節がやってきます。

天皇に愛された女の物語-「とはずがたり」と鎌倉時代-講座の、
文化と歴史を訪ねる日帰りツアー、昨日は講座修了後 大学構内の「スタイル・カフェ」に
移動して、打ち合わせを始めました。

時間のある方に残っていただき、まずは日程を調整してみました。

     カフェ

今回の行き先は鎌倉です。

「とはずがたり(問わず語り)」の主人公である二条が、後深草院の寵人となった
のは鎌倉時代の中期、政治上の実権は武士が握っていた時代です。

後深草院の父である後嵯峨法皇が病に倒れ今日明日とも知れぬ時に、朝廷の
見張り所でもあった六波羅探題の北条時輔が法皇の見舞いにやってきています。

ところが、その数日後彼は鎌倉の執権北条時宗により 叛意ありとして討たれてし
まいました。世に言う二月騒動(きさらぎそうどう)です。

とはずがたり」にはその折りのことが次のように書かれています。

十五日の酉の刻(午前六時ごろ)に、都の方向からおびただしく煙が上がるのが
見えました。

どのような方のお住いが焼けてしまうのかと聞いたところ、六波羅探題南方の、
式部大輔(北条時輔)が幕府の命で討たれたということでした。

その邸の炎上する煙であるといいます。世の無常さが心にしみ、何とも言いようも
ございません。

九日に式部大輔は法皇さまのご病気のお見舞いに参上されております。今日とも明日
とも分からぬような法皇さまに先立ち、御自身が先に死んでしまわれたとは。

人の死期は誰が先になり、誰が後になるか定まりのないこの世の習い、今に始まった
ことではないとはいえ、まことに哀れなことでした
」          

北条時輔は鎌倉執権北条時宗の異母兄だったのです。




今回の鎌倉紀行は、まず「北鎌倉」で下車し、円覚寺を訪れることから始めようと計画
しています。

円覚寺案内



円覚寺は蒙古来襲の時に、北条時宗が毎夜参禅したところ。弘安5年の創建ですが、
江戸中期に再興。   北条時宗の廟があります。

円覚寺山門   廟







鶴岡八幡宮に向かう道には・・・

こんなお店も   おみせ

いろいろ、お店もあります。見学場所もこれから決めていきます。


天候による実施判断、集合場所、今回の具体的なコース等は後日のご連絡となります。

また、今回ご一緒できない方も別の日に同行出来る方と訪れていただけるような資料を

準備していくつもりです。



  仲間が広がる、学びが深まる 

 鎌倉紀行-「とはずがたり」を歩く” 

  

  今後も 幾つものコースを御提示出来そうです。

                              ツアー
                         ご期待下さい。









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プロフィール

Keiko

Author:Keiko
写真:【 唱歌:「案山子」の立つ見沼氷川公園】

こんにちは! 日本古典文学
研究に従事しているものです。
子育てがほぼ終了という頃に
大学院に入学、現在は 古典
文学講座の講師をしています。

こちらには 自然と文化と歴史
を感じながら‘知るを楽しむ’
日常を記しています。         
     

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