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新緑の美しい中で・・・・

今朝の散歩道です。
萌黄の桜
桜並木はすっかり萌黄(もえぎ)色、一色になりました。

もう5月ですし、このような若葉は「青葉」というのがふさわしいのかもしれません。

あらたうと 青葉若葉の 日の光  松尾芭蕉が、日光でよんでいる句です。
これは、陰暦の4月1日のことでした。

萌黄は黄緑色で、は緑色と考えれば
いいのでしょうか。
古来、色の名を染料となる草木の名で呼ぶことが多かったために、
緑色を青と言い、緑色の葉が「青葉」となるわけです。


ところで、「萌黄」は古来からの「色」の呼称で、「もえぎ」とか「もよぎ」と読みます。
広辞苑には、「萌黄、萌葱 とも書き、①葱の萌え出る色を連想させる、青と黄との間の色。もよぎ」
とあります。

「そうか、葱なのか・・・」私としては、萌えだした草花の葉の色であったり、木々の新緑の
イメージだったので・・・。「チョットね・・イヤダナ」と思ってしまった。(葱さんゴメンナサイ。)



日本では、平安期に入ると衣服に四季折々の色を応用した「襲(かさね)色目」が生まれました。
その中に「萌黄(葱)」が出てきます。
女子の着た衣だけでなく、男子の直衣(のうし)や狩衣(かりぎぬ)の、表と裏の配色などに用いられました。

春には、かさね色目として「紅梅」「山吹」「桃」「白藤」といった呼び名がついた配色の衣装を着るのがきまりだったようです。なんと自然でしかも優雅なことでしょう。もっとも、活動的とは決して思えないデザインですね。

一部貴族の世界の話ですが・・・。

平安時代の十二単
平安期の十二単衣の色目
鎌倉時代の十二単
鎌倉期の十二単衣の色目

時代により変化がみられます。
うちき姿
十二単衣の正装ではなく、公家女性の平常服「うちき姿」



平安期から鎌倉期の衣装や沓(くつ)を推測できる、本物の姿を、展示館ではなくて、
ここ見沼で、間近に見る機会を得ました!

そうなんです。現代でも、神社での儀式の服装にみることができるんですよね。

5月4日 氷川女体神社の「祇園磐船竜神祭」のことでした。
(→次に続く

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プロフィール

Keiko

Author:Keiko
写真:【 唱歌:「案山子」の立つ見沼氷川公園】

こんにちは! 日本古典文学
研究に従事しているものです。
子育てがほぼ終了という頃に
大学院に入学、現在は 古典
文学講座の講師をしています。

こちらには 自然と文化と歴史
を感じながら‘知るを楽しむ’
日常を記しています。         
     

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