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太宰治の宿

今回の旅はゆっくり温泉につかり、その土地の歴史を訪ねることにしました。
インターネットで希望条件を打ち込んで、決まった旅館です。

         旅館

玄関先に 立っている人が・・?・?・・・

太宰治ではありませんか !!

こういった旅館はちょっと古くて、地味(売店とか、ないに等しい)なのですが、
ゆっくりした旅をしたい時は 落ち着いて いいものです。

         太宰資料館

玄関を入るとすぐに、こんなコーナーも設けられていました。


せっかくですので、お部屋まで案内された際に ちょっと引き留めて
太宰治の お話を聞くことに・・・、

若女将  以下は「若女将」のお話です。


太宰治が山梨に来たのは、昭和13年、井伏鱒二の招きで御坂峠にある天下茶屋でした。
井伏は何かと女性関係で賑わせていた太宰を落ち着かせようと、甲府市出身の女性を
紹介、仲人をして結婚させたということです。

甲府在住の頃、太宰は 湯村には数回来たにすぎませんが、東京へ移転後に、度々こちら
を訪れることになります。


執筆のため当館に逗留したのは昭和十七年二月中旬~下旬と翌十八年三月中旬の二回でした。

当時はまだ有名になる前のことでしたので、最初は小説家とは知らず、かなり後になってから
あの太宰治なのだと分かったといいます。


太宰は向かって左主屋の最も眺望のよい一番二番の両室で執筆していました。
旅館は建て替えてはいますが、現在の「双葉」の間にあたりまして、
         双葉の間



当旅館の天上や柱、床板など多くは そのまま旧館のものを使っています。

天上  ということでした。

群馬にある「四万温泉」へ行った時に泊まった 四満館 も‘文豪が愛した宿’ということで
井伏鱒二、太宰治の写真もありましたが、どこか通じる雰囲気のある 宿 でした。


そして、全く知らずに出掛けたのですが、この宿から2~3分ほど行った 近くに

鎌倉時代末期の地蔵菩薩、それを覆う 覆堂(おおいどう)、こちらは昭和32年の解体修理により
室町時代末期と推定されるという国指定重要文化財塩沢寺地蔵堂がありました。

塩沢寺地蔵堂 覆い堂
    山門                   覆堂
自然の岩盤を台座とする石の地蔵菩薩の覆堂なので、山を上がったところ、
全体の写真をうまく撮ることが出来ずに 傾いてます 




この土地の古い歴史を思わせる史跡を見ることができたのは、思わぬ収穫です。



PA100032.jpg

覆堂(おおいどう)

桁行四間、梁間三間、寄棟造、柱はすべて円柱、屋根は現在 茅葺型銅板葺の建築で、
内外陣の間仕切りは 当初格子戸で仕切られ、三方は板壁で、密教系仏堂らしさが認められる。

斗拱(ときょう)や木鼻(きばな)彫刻などの細部手法や全体の構造から、室町時代末期
と推定されたいる。

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プロフィール

Keiko

Author:Keiko
写真:【 唱歌:「案山子」の立つ見沼氷川公園】

こんにちは! 日本古典文学
研究に従事しているものです。
子育てがほぼ終了という頃に
大学院に入学、現在は 古典
文学講座の講師をしています。

こちらには 自然と文化と歴史
を感じながら‘知るを楽しむ’
日常を記しています。         
     

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