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ホタルブクロ の 季節


庭の片隅に、 とは言えど 庭自体が“片隅”の小さなスペースですが、(。-_-。)

ホタルブクロ が次々と花を咲かせています。


  昼の花



「蛍袋」と言うのは、昔 子どもたちがホタルを入れて遊んだから、とか
提灯の古い言葉「火垂」からその名がついたとか、命名の説は様々のよう。

ホタルが、昼間 好んでこの花に入って休んだことから - だといいなぁ


この季節になると、蛍がいっぱい舞った田舎の風景 と夕刻のあの臭いなど
懐かしく、慕わしく思い出すのです。


  夜の花

19:00
英会話教室が 振替で夜の教室になった今日、 出掛けに目に入った花



20:30  今夜は火星が地球に接近して大きく見える「スーパーマーズ」
何度か 夜の空を見上げてみたけれど、雲が多くてこちらではよく見えませ
んでした  。゚(゚´Д`゚)゚。


鎌倉 - 『とはずがたり』作者 二条尼 の足跡を辿りながら -

1289年 既に出家を果たした 後深草院二条は、2月下旬に都をあとに
して関東への旅に出ました。

丁度1ヶ月後 江の島 に着くと、その日は江の島の岩屋で一夜を過ごし
翌日、鎌倉に入って、鶴岡八幡宮に詣でます。



 段葛を歩く

私達は「江ノ電」に乗って鎌倉駅に。駅前から若宮大路に入り、第二鳥居
から 平成の大修理を終えたばかりの 段葛(だんかずら)を歩きます。

渡り初め式の2ヶ月前には、細い枝に桜の花を飾りのように着けて揺れて
いた木々が、深い緑の葉を繁らせて両脇の縁取りとなっていたのには驚き
ました。


そして、こちらは八幡宮 大銀杏 の 

 大銀杏の株

       切り株 です。

樹齢約1000年と推定される大銀杏が、2010年に大風で倒れてしまい
ました。 高さ30m 周囲7m にもなっていた大木でした。

その昔3代将軍 実朝は、八幡宮階段横にあった大銀杏の木の陰に隠れ
ていた甥の公暁に暗殺されたと伝わります。


   大銀杏の子
その位置に取って代わって植えられた銀杏の子、若木が 現在これだけの
大きさになりました。

鎌倉将軍暗殺の悲劇はこの若木の成長とともに、後世へ語り継がれてい
くことでしょう。


 八幡宮から、由比ヶ浜を
由比ヶ浜に来た二条の尼は、浜の大鳥居(第一)から鶴岡八幡宮を参拝し
たといいます。 

現代では 鶴岡八幡宮 から 由比ヶ浜を見るとこのような具合ですが、当時
はもっとすっきり見通すことができたでしょう。


 文学案内板
境内にある「文学案内板」 2行目の下に「とはずがたり」と書かれているの
を確認しました。


八幡宮境内の「源氏池」と「平家池」を巡ったあと、第三鳥居を出て右手の
歩道を3分ほど歩いて、細い小路に入ると、

 将軍板

「鎌倉幕府将軍の事」と、二条尼が鎌倉に滞在した頃の重臣屋敷跡が示さ
れた案内板があります。

現在立っている場所の案内だけに、物語の舞台であるという臨場感があり
ます。 ここらあたりは小町通り。繁華街になっている現在の小町通りと、
若宮大路との間にあります。

「とはずがたり」に登場する「小町殿」の屋敷はここらあたりにあって、「小町
通り」の名の由来となったということです。

人一人やっと通れるような細い、静かな、とても鎌倉らしい風情のある小路
を駅方向に進みます。

さて、せっかくの鎌倉 おみやげなどのお買い物を楽しんでから帰途につき
たい組みと、お茶して一休みしていこう組みに、ここで別れて、解散。


   蓬ロールケーキ
 蓬のかすかな香りと 餡のやさしい甘さがうれしい 蓬ロールで
  ケーキセット をいただきました。   



昼食は 義経庵 の しらす丼

今年の「鎌倉 歴史散歩」は総勢21名になる予定でした。
一日で巡るコースを決める他に、前もって決めておかなければ スムーズに
運ばないのが、昼食をとる場所です。

コースを逸れないところにあり、全員いっしょに食事できるレストラン、食堂、
という条件で決めておいたのが、


満福寺の裏手に

腰越 にある 満福寺の裏手、高台にある 「義経庵(ぎけいあん) です。

満福寺を前に見て、右手に進むと上にあがる急な階段がありますので、
案内板に従って進みます。

もちろん、人数が多い場合は要予約

    
「おしながき」を撮ってきて、事前打ち合わせの際に 皆さんから注文を
受けておき、連絡済みです。



   しらす丼

     しらす丼 ー なましらす と 釜揚げ の半々。 



   しらす丼セット

     しらす丼セット -しらす丼の方は同じで、おうどん がつきます。


        鎌倉名物 の しらす丼  とても美味しかった!!




 いただきます

 別室を用意していただけたので、みなさんでワイワイおしゃべりしながら
 楽しく、他のお客さまへの気兼ねもなく、お食事できました。 



龍護山 満福寺境内 お食事処  <茶房>義経庵>(ぎけいあん)

〒248-0033 鎌倉市腰越2-4-2  TEL 0467-33-0279




満福寺 -義経の足を留めた腰越-


江ノ電 腰越駅から 徒歩5分、小道に入って線路を横切るとすぐ目の前に、


 
    踏切を渡ると

ここを昇ると、龍護山医王院 満福寺(真言宗)があります。

開山は行基と伝えられますが、定かではありません。

    まんぷくじ

1185年5月、平家を滅亡させた源義経は鎌倉に向けてここまで来たけ
れど、兄頼朝の怒りにふれて鎌倉入りを禁じられました。

腰越にとめられた義経が兄にむけて切々たる思いを綴り誤解を解こうと
したという「腰越状」(弁慶筆)の下書きが こちらの寺に残されています。

『吾妻鏡』にも書かれている「腰越状」ですが、真偽の程は諸説あるよう
です。境内には弁慶が墨の水をくんだといわれる硯池や腰掛け石など、
伝説とともに残されています。

鎌倉の西端にあたる腰越は、鎌倉入りの要衝、それから約百年後に
二条尼もまたここを通って行ったと考えられます。


お寺の横から裏山に少し上がると、「義経庵(ぎけいあん)」があります。

ここで昼食

メニュー

あらかじめ 注文 を取ってみたところ、全員が しらす丼 でした。



鎌倉紀行 - 江ノ島駅から 常立寺(じょうりゅうじ) へ


正応二年(1289)の3月20余日、『とはずがたり』の主人公である作者
後深草院二条尼 は江の島に着き、岩屋で一夜を過ごして、翌日鎌倉
に入っています。

そこで、今回は 二条尼が鎌倉入りをしたコースを辿るかたちで 鶴岡
八幡宮に向かいます。その間 鎌倉時代の歴史を伝える寺社も訪ね
ます。


滝口寺輪番八ヵ寺の1つ 常立寺 には

元使五人塚


1275年に処刑された杜世忠らの供養塔といわれる元使塚があります。
元 は モンゴル帝国。モンゴルの力士もお参りに来たという話もガイド
ブックにありました。青のマントは英雄に与えられるものだそうです。


以下、内容が重なりますが、2014年 の 記事をここに転載いたします。


3月12日(水)のことですが、

鎌倉から江ノ電に乗って  常立寺(じょうりゅうじ)に 行ってきました。
   
          江ノ島駅 から徒歩3分のところです。


 
    P1020836.jpg



    P1020839.jpg



垂れ梅の名所として知られ、初春には多くの花見客が訪れますが、この日はもう
梅も終わるころで、静かな佇まいを見せていました。



    P1020842.jpg


     境内には元からの使者の霊を弔うための五輪塔があり

         「元使五人塚」とよばれています。



歴史

鎌倉時代のことです。1274年、元の軍約3万が九州北部に襲来。元軍が
火器(てつはう)を持ち集団戦法で攻めてくるのに対して日本軍は一騎打ち
戦法でしたので到底太刀打ちできません。

しかし、丁度その時に暴風雨が襲来したため元軍は退却を余儀なくされました。
これが文永の役(ぶんえいのえき)と歴史に残る一度目の蒙古襲来です。



翌年、元の国(大モンゴル帝国)から日本に対して服属を促す使者がやってき
ました。当時 鎌倉幕府の執権は八代目 北条時宗(ときむね)でした。

時宗は元(げん)の勧告を強硬に断り、使者5人を瀧ノ口刑場で斬首にしてしま
いました。



この時代の天皇は後深草院の弟である亀山天皇でしたが、丁度1274年1月に
亀山天皇の皇子が後宇多天皇として天皇の位を承け継いでいます。



とはずがたり』によりますと、二条が仕えた後深草院は皇位継承の不満から出家
をすると騒ぎ、幕府のとりなし-後深草院の皇子が皇太子に立つ-で出家はとり
やめにしたという出来事があったとか。

日本の国が存亡の危機に直面している時に、朝廷の方では何やっているのかと
いうところですよね。



睡蓮 の 季節

連日の夏日です。 屋内であっても二階では温度計が30度を行ったり来た
り、 真夏日にもなる5月ですが、窓を開けて風を通せば、まだなんとか過ご
せる季節です。


    池の睡蓮

水鳥の姿が見えなくなった見沼自然公園の池に、睡蓮が広がって沢山花
を咲かせています。

    見沼自然公園の睡蓮

近づいて覗いてみると、白い睡蓮の花も見ることができました。


    キショウブ
キショウブで縁取られた水辺の小道は、自然林に取り囲まれて強い陽射し
や風を遮ってくれるので、この季節には ウオーキングにも もってこいの
コースとなるのです。



睡蓮の季節が ちょうど 講座「天皇に愛された女の物語」で、皆さんと一緒
に出かける歴史散歩。

鎌倉のお寺、神社を巡る 鎌倉紀行が近づきました。


     第6回  鎌倉紀行 -「とはずがたり」を歩く-

     鎌倉紀行案内
 
交通機関も含めてた「鎌倉案内」が、毎回担当していただくNさんによって
できあがりました。 



重なるところもあるかと思いますが、補足案内などを、今後こちらにも載せ
ていきたい思っています。

                       睡蓮2輪


 

もう一度 誕生会


誕生会


皆んなが 集まることが出来た日に

もう一度 誕生会 !!



うなぎ 、柳川  で  パワーアップ だ~

                      谷田川

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ジュンベリー 実の成る季節



木に鳥が集まって来るようになると
実が熟し始めた ことに気づく
ジュンベリー の木

今年は ヒヨドリ の他 ムクドリ まで ・・

「赤くなった実 私の分も 少し残して~」


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カ ワ ウ


  鵜

翼を広げたまま、時々向きを変える 川鵜

朝、出勤途中に 出会った 風景です。


繁殖して現在首都圏に 1万羽以上いるそうですね。

川の魚が 獲られてしまうよ~ !


ちはやふる 下(しも)の句

  シネマ


          ちはやふる下の句

映画 「ちはやふる」下の句 観てきました。 先週講座で話題になったこ
ともあって、上の句 を観たときの感動を思い出したのです。近くのシネマ
での上映が終わる前に観ておこうと ♪♪ 

期待通りでした!!

 カルタクイーン の “しのぶちゃん” には

しのぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで

の歌を重ねてみると、頑な態度と裏腹に時々見せる笑顔 にその心が
あらわれているようでした。 



獨協大学オープンカレッジの教養講座で「百人一首」和歌を担当するよう
になって7年になります。

当初は、幼い頃にかるた取りをしたという思い出話を伺うことがありました。
昔の「かるた遊び」の様子など興味深いお話だけでなく、思い出の「かるた」
を持参して見せていただくこともありました。


近年は、お子さんやお孫さんが学校で「百人一首」をやっているというので
自分も和歌を勉強しようと思って、という方が多くなったように思います。

映画「ちはやふる」の話題では、
「かるたってあんなに激しいんですか?競技かるたはスポーツなんですね」
と、興奮気味。

「子供にはどうしても勝てないから、歌の意味から責めようと思うんですよ」
とも。

近年は、脳のトレーニングに と言われることもあるように、子ども世代から
刺激されて、謂わば伝承の逆輸入のような広がりもあるようです。

思い出のかるた


強調文

近くの JA野菜直売所 が移転し、先日ようやく新装開店しました。 1年と
1ヶ月ぶりでしょうか。 早速買い物に出かけて、目に留まったのが “蕨”

箱から出して、棚に並べようとしているところから ひと束 求めてきました。


国産水煮 の標示があるものがスーパーに置かれていたこともあったので
すが、「ぜんまい」はあり、「わらび」だけがなくなっていました。

季節ものだからでしょうか。 それなら「ぜんまい」も同じだと思うのですが。








4月の半ばころから、山へ 蕨取りに入る大人についてい行った記憶があり
ます。 そろそろ終わりのころになっているのかも知れません。

あく抜きの為の灰をつくるのは大変なので、大きなフライパンに水を張って
沸かし、重曹を大さじ1杯入れた中で さっと茹でたらすぐに火をとめます。

このまま朝まで置いて、あく抜きをします。


『万葉集』にある歌

岩走る 垂水の上の 早蕨の もえ出づる春に なりにけるかも (志貴皇子)


『源氏物語』 の 「椎本(しいがもと)」にある歌

君がをる 峰の蕨と 見ましかば 知られやせまし 春のしるしも (大君)

などから、雪解けとともに摘む山菜、春の到来を知らせるものとして
歌にも詠まれた 蕨 です。


芽を出したばかりの 蕨 には こんな アク抜き は必要なかったのかも
知れません。

見沼田んぼ の 水田


見沼田圃体験水田 に 水が入って
いよいよ 田植えが始まるようです

畑地 が 大半になった地区に 水田を
残していこうという取り組み と聞
きました。

空 高く、ひばりの声
緑爽やかな 五月


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野菜も育つ スクエア






これは 大学 講義室 の前に広がる 菜園 庭園
E 棟3階 中庭 そら豆も大きく育ってました!

    深呼吸すると 元気出るよ。


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さみどり




みどり の 色が美しい 季節

雨あがり に

サラダ菜 の「さ緑」がひと際 目をひきます。



もりもり サラダ菜

エネルギーがもらえるようで ー



  me

また 次も (笑)

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プチパリ 神楽坂 へ

  神楽坂

ヨーロッパの パリ へは 行ったことない私ですが、
今日は 「プチパリ」 と言われる 東京 神楽坂 で フレンチ を楽しんできました。



   かみくら

                     かみくら

わたしの意向を汲んで、日本食党 の家人が予約してくれたお店です。


古民家 フレンチ レストラン なの です。

      玄関 玄関へ

      和室


個室に案内されて 静かに流れている音楽 メロディーはシャンソン 風

でも 英語だった? わね。


お得な ランチメニュー です。

前菜から

  前菜蒸し茄子・穴子の
                                      紫キャベツ巻
                                    三種のソース添え


       子牛の頬肉赤ワインソース
       子牛の頬肉赤ワインソース  超柔らかくて
       お箸で簡単に切れる
       お箸で 簡単に食べることができます。 ナイフないし


  デザートデザート
                                上に乗っているのは果物
                           だと思ったら、アイス 美味しい〜!


      ワイングラス
ワインじゃなくて、日本酒を所望の家人に グラスの大吟醸 



和洋折衷 の お店 を出て、プチパリ風な通りから小路に入ると、和食と洋
食の洒落たお店が 混在、




   P1080322.jpg

石畳の道を歩いていると 三味線の音が聞こえてきたりします。 

パリとお江戸が一緒になったような 、でもこじんまりとまとまっていて落ち着
いた街です。


片道40分弱 道のりも良し。「又来よう」 と、小雨が降り始めたのを機にプチ
パリ を後にしました。




ハンカチノキ





風の強い日

どの枝も、み~~んな ハンカチを振っている !



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五月 の 見沼自然公園



晴天なれど 風強き日曜日
木々多く 風除けとなっている所を選んで 歩く。

あんなに多くいた鴨が 全く姿を消していた。



もう 寒い国へと 渡ってしまったのだろうか?

あんなに人に慣れて、陸に上がったりしていたのに・・・

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 観葉植物





  エスキナンサス タイピンク

舌を噛みそうな 名前ですね~   覚えられるかな?


義母へ“ 母の日プレゼント”を 選びに行った花屋さんで、

  家人が一目惚れをして 買った 植物 


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ぼたもち


   牡丹

美しく咲き誇った 牡丹の花ももうおわった。 一説に、この花の名から
きているという “ぼたもち”を この連休は2回も買って食したのだった。



   おはぎ

なるほど、こうして見てみると全く見当違いな説でもなさそうだ。

こどもの頃に祖母と母が小豆を煮るところから始めて、餅米を蒸し 大きな
鉢の中で軽く搗き潰したものを煮上がった餡で包む。 こうしたぼたもちの
美味しさは間違いなく牡丹の花のようにすばらしかったなあ!

秋のお彼岸に出てくるのは“おはぎ”と言った。春のものに限って“ぼたもち”
と言ったかどうかは定かではない。どろんこ遊びで真似て作ったのは確かに
ぼたもち と言った。


 ぼたもち寺

鎌倉の ぼたもち寺  と書かれている常栄寺。 建立は江戸の初め。 
開基は日祐法尼(にちゆうほうに)


鎌倉時代のことだが、幕府に捕らわれた日蓮が鎌倉の町を引き回され、
「龍ノ口の刑場」へ送られる途中、この場所に住んでいた老婆がぼたも
ちを日蓮に差し上げた。老婆は桟敷尼日栄といったそうだ。

日蓮は処刑を奇跡によってまぬがれる。 そこで、常栄寺では、法難の
あった9月12日には老婆がつくったものと同じ胡麻をまぶしたぼたもちが
振舞われているという。これを厄除けの「首つなぎぼたもち」と言うそうだ。



龍口寺

一方、「龍ノ口刑場跡」、「日蓮御一泊の霊窟」のあった所に建つ龍口寺

              処刑場跡

                   龍ノ口処刑場跡の前(かまくら祭りの日・撮

龍口寺では9月11〜12日に、日蓮法難記念法会がおこなわれている。
その際に やはりぼたもちがふるまわれるそうだ 。こちらも「難除けの
ぼたもち」と称して黒胡麻をまぶしたぼたもちだという。


打ち落とされるはずだった首、日蓮の頭をイメージして の“ぼたんもち”
とは、ちょっと恐い。それを牡丹餅と書かれているところに なんだか救
われる思いが残った。



五月 高木に咲いた花 - ②

  ニセアカシアの木

ちょうど今ごろから高い木いっぱいに 真っ白な花をつける ニセアカシア

見沼代用水沿いに暫く歩いて、振り返ってみると、対岸の自然林で ひときわ
高く 何本も頭を出していたのが このアカシアだった。

白い花が咲いて初めて、ああ あれも これもアカシアだったのか! と分かる。




     ニセアカシアの花1

藤の花のような花房は、まだこれから順次花開くようだけれど、芳香が
風に乗って漂う 時期がやって来た。


     ニセアカシアの花2

この花が アカシア だと知ったのは、まだ幼かった頃の子供たちを連れて
武蔵嵐山の都幾川へ 川遊びに行った時だった。

地元の方から、白い花をいっぱいつけた木の名を教えられた。

「えっ これが アカシア?アカシアって棘のある木じゃないんですか?
確か 黄色の花が咲くのじゃなかったかしら?」

と問うと、その方から

「ああ、これは ニセアカシア というのが本当の名だ。 この花テンプラに
するとうまいんだよ」
という返事が返ってきた。

早速その日、摘み取って持ち帰ったニセアカシアの花を天麩羅にして食
した。 五月の香りがして、美味しかった。



インターネットで何でも調べられるようになってから、このニセアカシアに
ついて調べてみたところ、食べて美味しいのは花だけで、木の皮には毒
性があるらしい。なので葉も一緒に天麩羅にするのはやめておいた方が
良いようだ。  クワバラ クワバラ



プロフィール

Keiko

Author:Keiko
写真:【 唱歌:「案山子」の立つ見沼氷川公園】

こんにちは! 日本古典文学
研究に従事しているものです。
子育てがほぼ終了という頃に
大学院に入学、現在は 古典
文学講座の講師をしています。

こちらには 自然と文化と歴史
を感じながら‘知るを楽しむ’
日常を記しています。         
     

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