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桔梗の 花開いた日





6月30日は 「夏越しの祓え」   茅の輪 が掛けられた神社へ
参拝に行かれた方もいらっしゃるのではないでしょうか。

この穢れを落とす年中行事、旧暦に行われるところもあります。

昨年は
この時期に食べるという お菓子「水無月」を、浦和の伊勢丹
デパ地下で買うことができました。

 今年は英語の帰りに、南越ルミネに寄って材料を買ってきた
ので、再び手作りして あの味に挑戦してみます!




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北陸新幹線でいく 北陸

金沢を根拠地として、北陸の町を訪ねる旅をした。

七尾駅

もう一週間が過ぎたけれど、その山河や町並みを思い浮かべては、

「それにしても、あの静けさは何なんだろう」と、気になっていた。北陸新幹線が開
業して3ヶ月 「金沢は大勢の観光客で賑わっていたけれど」 -

そこから足を伸ばした町は、とても静かだった。


 日本海側をかつては「裏日本」とよんでいて、暗いイメージがあったのだけれど、
今回訪ねてみると、想像していた以上に明るくゆったりとした印象を持った。素敵
な町並みに出会って とても気に入ったのだった。

歴史を残しながらも、現代風に再建されたところが多く見られる。 が、それにして
も、人の姿がこれほど少ない「静けさ」は、取り残されているようで ちょっと寂しい。

一本杉町通り

一本杉行灯


お菓子の店


ビール商店


花嫁のれん


喫茶店


みそぎがわ

結局、能登七尾では「食祭市場」(道の駅)に行って、初めて大勢の人と出逢った。

ところが、私達は さっと市場のなかを通り抜けるように見て、そこを出てしまった。

そして、海を臨むベンチに腰掛けて、湾内の静かな日本海をぼんやり眺めて過ご
したのだった。 どこか、外国の海辺のような風景だと思いながら。


1週間後、新聞の「旅、裏側の静けさ」と題した記事の中に こんな言葉を見つけた。

高度成長期時、『裏』はマイナスのイメージでしたが、今は静かなこと、人や物が
少ないことといった『裏』や『陰』を楽しむ時代なのではないでしょうか

                                 (エッセイスト 酒井順子さん)

ああそうか、これが日本海側の魅力なんだ と納得した。 文章の終わりは、

「人のいないぜいたくさ」を求めて、酒井さんの旅は続く。  と結ばれていた。






石川県 の 全昌寺へ

   大聖寺駅


文化と歴史を訪ねて」  二日目は 金沢から北陸本線に乗って丁度1時間、
「大聖寺」駅 に向かいました。

 『おくのほそ道』に 芭蕉が泊まった寺がこちらにあると書かれています。そこ
を訪ねてみることにしました。


  案内板

駅を出て、間もなく左折、約7分ほどで 山ノ下寺院群 と標示のあるところへ着
きます。

寛永末頃(1645年頃か)に城下の整備に伴い大聖寺藩は越前との国境の防御
を兼ね、意図的に寺院をこちらに集めたとされています。

芭蕉が『おくのほそ道』の旅に出たのは 元禄2年(1689)3月27日なので、寺院
群として集められた後に来ています。

ここから右手にみえる大昌寺、この場所に移転したところで宿をとったと分かって
なぜかほっとしました。


   全昌寺




 『おくのほそ道』 一部抜粋    <現代語訳>  

 大聖寺という城下町の郊外にある全昌寺という寺に泊まった。ここはまだ

加賀の国の内である。先立って行った曽良も前の晩にこの寺に泊って、

 終宵(よもすがら) 秋風聞くや うらの山
(寝床に横になってもなかなか眠れず、一晩じゅう、裏山に吹き渡る秋風の音
 を、心寂しく聞いたことであるよ。)

 と一句を残していた。              aki_093.jpg


      (中 略)

今日は越前の国へはいって行こうと、心あわただしく」お堂の下に降りるのを、

若い僧たちが紙や硯をかかえ、階段の下まで追いかけて来た。ちょうどその時

寺の庭の柳の葉が散ったので、

 庭掃きて 出(い)でばや寺に 散る柳
(この全昌寺に一晩お世話になって、出立しようとすると、折から庭の柳の葉が散
 り落ちたが、せめてこの柳の散った庭を掃き清めてからお暇したいものである。)

 と、即興の趣向で、草鞋をはいた旅装のまま、推敲も加えずに書き与えた。



                  -久富哲雄 全訳注 (講談社学術文庫) から- 



     本堂 本堂

     境内 境内

     句碑
芭蕉 句碑



芭蕉翁の像(撮影の許可を得ています。)

   芭蕉座像 は 本堂の中の左手に進んだところ、ガラスのケースの
   中でした。 像底部に「杉風薫沐拝作之」に書かれているとの説明書
   きがあります。

    (おおよそ30センチ~50センチ ぐらいの高さと、思われましたが、
     印象なので、正確ではありません。




全昌寺は 五百羅漢 の お寺さんでもありました。


     羅漢中央の仏様
                  西国三十三観音像

     五百羅漢
                    五百羅漢像


          萩
    
            庭では 萩の花が開き始めていました。












石川県 七尾 に

     七尾:長谷川東伯像



           としいえ と まつ 

 文化と歴史 を 訪ねて  北陸編  一日目は金沢から七尾にやってきました。

 石川県七尾美術館 は 長谷川等伯(桃山時代の画家)展が終わって、今は
 「現代美術展」 開催中


 近くに「小丸山城址公園」がありました。 ここが 加賀金沢藩の祖 である
 前田利家 最初の城があったところ - 前田利家小丸山城址-の石柱が
 立てられています。


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巨大な金魚に・・

      IMG_0039金魚
[ iPad から]


道の駅で買ってきた 金魚たち    いつの間にか こんなに大きくなりました 😓

      手のひらに なんとか乗りますが、  ズッシリ🍴😏


オランダシシガシラ とトサキン 、 and リュウキン の雑種だとか

           まだまだ 成長し続ける勢いデス 😅  




実はこれ 初めて アイパット から送信してみたもの   成功  と
言いたいところなのですが、ipad で撮った写真をそのまま使おうとしたら・・up load
ならず 

後から、パソコンにメール送信した写真を × のところに入れたもの。

        (写真の写りは まあまあ カナ?)



クワズイモ

   P1070175.jpg


   今年こそ もう芽は出ないだろうと思っていた クワズイモが、葉を伸ばしています。

         ちいさな水芭蕉のような 白い花までつけました!!


   クワズイモ なのに、3つあったイモが 腐ってなくなってしまったのにね 


         緑の色に 癒されて、その復活に 励まされています。  

               花言葉は 復縁 でしたか?



「こい」から の メッセージ

朝の散歩に、見沼代用水に架かる橋を渡るとき

大きな魚影が目に留まりました。

橋の欄干から下をのぞいてみると、大きな大きな鯉が、ゆったりと泳いでいました。


代用水に鯉はおおいのですが、こんなに大きな鯉は初めて見たように思います。
しかも、じっと水面を見つめていると、何匹も・・近づいてくるではありませんか。


その 謎が解けたのは、このメッセージ に気付いたときです。


     鯉からのメッセージ
 
   鯉(こい)さんからの     (鳥居の印で 氷川女体神社 代筆 




 さて、 「百人一首」の62番には 清少納言 の 和歌があります。

 夜をこめて 鳥のそら音(ね)は はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ
                      
まだ夜が明けないうちに鶏の鳴く声をまねて、門をあけさせようとおだまし
  なさっても、決して逢坂の関守はだまされて開けたりはしませんよ。



『後拾遺和歌集(ごしゅういわかしゅう)』の雑二(九三九) の 詞書(ことばがき) に
よりますと、

大納言藤原行成が清少納言の局(つぼね)でお話をした後に、天皇の物忌みのため
め急ぎ帰らなければならなかったので、翌朝に、清少納言へ手紙をとどけました。

「昨夜は鶏の声に追い立てられましたので、急いでかえったのです」とあります。

そこで、清少納言は、

「その鶏の声というのは、函谷関(かんこくかん)のそら鳴きでしょう?」

と切り返しました。
すると 再び、彼からは、

「いえ、あれは 逢坂の関 なんですよ」

まるで、 こい(恋) の メッセージ であるかのように言ってきた 

で、それに返して詠んだ歌  だとあります。




   こい 鯉 恋   


 「来い 来い 来い!」って、 鯉に呼びかけたくなった 朝でした。



       おじぞうさま
            お地蔵さん からもメッセージが・・


 

続きを読む

ホタル

家人が ホタルを3匹 虫かごに入れて 持ち帰ってきてくれました。

「ホタル が羽化したんだ。 まだなのが多いけれど、先のものをまずは
 ビオトープに 放してみたそうだよ」


 ホタル の 舞う ビオトープ への 第一歩です。 




そんな 記念すべき ホタル を、 早速 真っ暗な部屋に置いて

ジッ- と 目をこらし 見ていると、   光った! 光った!

ヘイケボタルの ほのかな 光の明滅に しばし心を奪われます。


 これほど 華やかで、様々な電光芸術を楽しめる時代になっても
 この生命体そのものの光 に 勝って感じられるものはない と

   改めて 思わされた 懐かしい ホタルの光 でした。


     natu_079.jpg





「鎌倉百人一首」を歩く  尾崎左永子著


     鎌倉百人一首

先日、 講座の一環としての校外学習「第5回 鎌倉紀行」 を終えたばかりです。
さらに、もう一方の担当講座 「よくわかる百人一首の世界」の両方を合わせた
かのような題名の本を見つけました。


著者は歌人、作家の 尾崎左永子氏です。古典文学にも造詣が深い作者によっ
て古典編和歌や歴史についても分かりやすく簡潔に説かれています。

鎌倉在住だからでしょうか、、古都鎌倉の魅力が力むことなく ごく自然に、しかも
格調高く語られていて、鎌倉ファンとしては、読んでいてうれしくなる本でした。



採り上げられている百首の歌、百人の歌人のなかに 『とはずがたり』の作者であ
る 後深草院二条 がありました。

歌は、

  杉の庵(いお) 松の柱に しのすだれ 憂き世のなかを かけ離ればや
 (杉葺きの仮小屋、松の木の柱にしの簾をかけるような粗末な住まいであっても、
  このつらい世の中からかけ離れて生きていきたいものだ


京の都の院御所で、後深草院の寵愛をうけて生きてきた女性です。訳あって東国
に下ってきて、やっと江の島までやってきました。

千手の岩屋というところで山伏に宿を借りますが、はるばるやって来た旅を悲しく
思ってまどろむことさえできません。『源氏物語』にある宇治の姫君、大君(おおい
きみ)の歌を引き合いにして詠んだ歌です。

鎌倉にやってきた時の状況、心情が如実に表れた歌です。続いての文章からは
都人二条の目に映る鎌倉の様子が淡々と語られていくのです。





久喜市蓮田町 の 「あやめ・ラベンダー フェスティバル」

 
遠いようで 近いのが こちら 久喜市蓮田町

東北道と圏央道を利用すれば、30分で到着  できるようになりました。


 第21回 
あやめ・ラベンダーのブルーフェスティバル   



     ラベンダー
 
  始まりました。     6月 の 花を 楽しむことができます。 

  菖蒲園


     あやめ1


               あやめ2




   関東 甲信越  今日から 梅雨入りです !  




ビワ の コンポート


   びわのコンポート




家人が 「これ、FUKA さんからだよ」と言って、ビニール袋を ぽんと台所に置きました。

中に入っていたのは、まだ小さい ビワ。


「えぇ~ これ、例の 千疋屋のビワ? それにしても まだ早いんじゃないの!」と私。


「そうなんだけどね、今年は鳥に食べらてしまわないようにと早々木に網をかけて
 張り切ってるんだよ。 千疋屋のビワの種から育った木だから、絶対美味しい実が
 成るって」


「それにしたって、まだはやいでしょう! こんなに小さなものまで・・」


「彼、もったいながって摘果しないから、大きな実にならないじゃないかなぁ。
 でも、まぁ せっかくだから・・」 と家人。





   千疋屋のビワ


   色づき始めたばかりですもの、やはり 「美味しい」には ほど遠い 


そこで、思いついて 桃のコンポート ならぬ、枇杷のコンポート にしてみたところ、

       とっても 美味しく 上品なお味に 仕上がりました! 

         枇杷の木をお持ちの方は、是非お試しください。


    ① 実を 縦半分に切って、種を取り出します。
    ② 皮付きのまま、400ccのお水に対して、砂糖80g (割合はお好みで)、
     レモン汁少々入れて、コトコト煮ること10分ほど。
    ③ 鍋のまま置いて、冷めたころに枇杷の実を取り出し そっと皮を剥きます。
    ④ 器に入れて、冷蔵庫で冷やして出来上がり。





今年の オカワカメ


     オカワカメ


     ちょっと 出遅れましたが、これから

             生長しま~す  (^_^)v




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卯の花 - 夏は来ぬ


最も暑かった今年の5月。6月に入って西の方から梅雨入りの声がとどいている。

気温も少し下がるようだが、季節は、もう夏であることに違いはない。



夏は来(き)ぬ」 という唱歌がある。歌詞が

卯の花のにおお垣根にほととぎす早も来鳴きて・・♪♪」と始まる。

大きくなって、「卯の花」「ほととぎす」は夏の季語であることを、この歌で理解した
ものだった。




去る5月24日に岩手県の平泉を訪ねた。源義経最期の地となった「高館(たかだ
ち)」に、史跡「卯の花清水」があることを知ったので、今回は『奥の細道』に記さ
れた芭蕉の 門人曽良(そら) の句のある「卯の花」を見たいと出掛けたのだった。

5月24日は、旧暦の4月7日になる。芭蕉と門人曽良が平泉に来てこれらの句を
吟じたのは元禄二(1704)年5月13日と『奥の細道』にあるので、現在の暦では
6月28日ということになる。



   高館展望
              高館(たかだち) 展望   北上川が見える。

       高館義経堂
                       義経堂


  夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡   芭蕉




   5月24日清水
                 卯の花 清水



  卯の花に兼房みゆる白毛(しらが)かな  曽良
(白く白く卯の花が咲いている。ああ、老臣兼房奮戦の面影が、ほうふつと目に浮かぶことだ。


兼房(かねふさ) とは・・文治五(1189)年うる4月、高館落城の時、主君義経とその妻子の
悲しい最期を見届け、死力を尽くして奮闘して、敵将諸共燃えさかる火炎の中に飛び込
んで消え去った白髪の老臣、兼房、年六十六。



   卯の花


          卯の花蕾

         岩手県、平泉の「卯の花」はまだこのような蕾であった。  


           恐らく今頃は真っ白な花を咲かせていることだろう。 






   鎌倉5月7日 5月7日  鎌倉で咲くウツギ(卯の花)




プロフィール

Keiko

Author:Keiko
写真:【 唱歌:「案山子」の立つ見沼氷川公園】

こんにちは! 日本古典文学
研究に従事しているものです。
子育てがほぼ終了という頃に
大学院に入学、現在は 古典
文学講座の講師をしています。

こちらには 自然と文化と歴史
を感じながら‘知るを楽しむ’
日常を記しています。         
     

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