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風に吹かれて

   
   メタセコイア

  メタセコイア もいつの間にか新緑の装いとなって、
  様々な草花が 湧き出すように咲き出している 見沼田んぼ です。


  緑の風に吹かれて 代用水沿いの道を歩いていると、小鳥のさえずりが心地よく
  耳に届いてきて、最高の リラクゼーション・・・。



   きじ


  雉 の姿が畑に見えたので、アップ で撮影!



   ハンカチの花


  ハンカチの木も、丁度満開だったので、アップ で撮影!



   ピンクぼたん

   赤紫ぼたん」

  総持院 の ぼたん も見頃でした。




 歴史 ウォ-クキング - 鎌倉と武蔵嵐山 -

   新聞記事
                4月24日(金) 毎日新聞


5月4日に 悲劇の少年「源 義高」ゆかりの地を歩く「義高ウオーク」が開催される
という新聞記事です。

入間川の「源 義高こいのぼり供養」イベントとともに、鎌倉と武蔵嵐山との間で起
きた昔の出来事が、身近な歴史として後世に語り継がれていくことでしょう。





   御廟堂

平成6年、新たに供養碑が建てられた 御廟堂。 鎌倉 と武蔵嵐山 の関係が如実
に語られている処でもあります。


   鎌倉脱出の図




鎌倉時代、木曽義仲の子 源義高は 父のいとこである鎌倉将軍源頼朝に、人質と
して鎌倉へ呼び寄せられました。

頼朝の娘 大姫 の婿として6歳から12歳まで鎌倉に住んでいました。


その後、父義仲が不仲となった源頼朝に討たれると、たとえ娘婿であったとしても
人質は人質 義高も頼朝に謀殺されるとの噂がたちます。

そこで、義高は大姫の手助けもあって寿永3年(1184年)、従者に変装し、鎌倉から
脱出しました。

ところが、脱出から5日後、頼朝の追っ手により入間川「八丁の渡し」で打たれたと
伝わります。 (『吾妻鏡』-鎌倉時代の歴史書 や 市内八幡神社に残る諸伝 に)








埼玉県立近代美術館 へ

   美術館

 今日は 浦和で 女子会。。。

 旧中山道 沿いの 老舗で うなぎ を 食べて


 その後は 北浦和にある 埼玉県立近代美術館へ。 リニューアルした美術館
 とても 観ごたえ ありました !




          ヒメウツギ

 新緑の 美しい 5月のような陽気 に 気分も リフレッシュ !! 



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根津神社 <つつじまつり>


 今日と同じように、お昼近くから ぽつぽつ雨が当たりはじめ、
気温は21度になる という予報とは裏腹に、肌寒く感じる 昨日の日曜日でしたが、

東京文京区に鎮座する 根津神社 躑躅(つつじ)まつり 開催中だというので、参拝と
花見物に 出掛けてきました。


   総門



   舞舞台



   社殿へ



   社殿横



今から千九百年余の昔、日本武尊が千駄木の地に創祀したと伝えられる根津神社

権現造りの本殿・幣殿・拝殿・唐門・西門・透塀・楼門の全てが欠けずに現存し、国の
重要文化財に指定されている神社です。


 さて、躑躅 の 様子は、

   ツツジと総門



   P4190077.jpg



   P4190078.jpg



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     ハナグルマ

           ハナグルマ が 開き始めています。




大神碑
     境内にある 塞(さい)の大神碑

     もとは 通称「駒込の追分」(向丘1の1)にあった碑です。そこは現在の
     東京大学農学部前になるそうです。

     旧中山道 と 旧岩槻街道(旧日光将軍 御成道おなりみち)との分岐点で、
     追分(おいわけ)と言われていました。


     つつじまつり    4月11日~5月6日

                つつじ苑入苑は 午前9時から午後5時30分まで


根津神社かいわい には文豪の旧住居跡も多く、この後は団子坂の上に建つ 区立
森鴎外記念館 に 向かいました。     






ハナミズキ の 花開く頃 に


     P1060639.jpg
     新しく加わった職場 医療関係の学校です。

 今日は咲き始めたハナミズキの可愛い花 を 見ながらの初出勤、

 その初々しさ、新鮮さに 改めて身の引き締まる思いでした。




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春 の 料理


今年も 山菜が大好きな家人にと、春ならではの食材を 色々いただきました!

   山菜

 いただき物のメインは 蕗、そして右端の あけびのつる。



この蕗、

「二週間ほど前だと、このまま皮をむかなくても食べられたけど、もうムリかも」

とのメッセージつき。 しかも この倍の量あります    皮むき が どう も・・ね


「生のまま皮を引いてから、茹でてあく抜きをした方が簡単よ」と言う人もいるけれど、

やはり、塩で板ずり風に 揉むようにした蕗を、煮立ったお湯に入れて3分ほど茹でて、
冷水にとってそのまま少し置いてから皮(すじ?)を取った方が、私はうまくできるな・・


     蕗煮 
       歯ごたえもあり、柔らかくて丁度よい時期 




   山椒・木の芽

 すっかり成長した 山椒。 “木の芽和え” には先の柔らかい部分を選んで摘んで、


   ブレンダー

「白みそ」と「すし酢」と「山椒の葉」を入れ、ブレンダー で、 ブ~ン、ブ~ン

      “木の芽ソース” が 出来上がりました


     独活の酢みそ和え
       これを 使って   “独活 と わかめの木の芽和え”




     天ぷら

         そして、独活の葉 と タラの芽 は 天ぷら  に 


   苦味のお好きな方 には “アケビの芽のごま和え” が お勧めデスよ 





武蔵嵐山(むさしらんざん) ・ 鎌倉街道

 今日は午前中から雨になり、気温もあがらずに 肌寒い一日となりました。
雨に濡れる新緑が鮮やかで春ならではの色合いを見せてはいましたけれど・・。

それに比べると、昨日の日曜日は、雨天続きの中で貴重な、春の 日和、
「こんな日に出掛けない手はない」とばかりに、武蔵嵐山のときがわ村(町?)へ、


嵐山町まで来たら、川遊びによく訪れた 都幾川の河原が見えてきて、
懐かしい思いで河原に下りてみました。

   都幾川


都幾川に架かる橋を渡ったところに、「鎌倉街道」と書かれた標識らしきものがある
ことに気付いて、寄り道をすることにしました。


   鎌倉街道標識

実は、この石の標識を撮りたいと、近くに駐車スペースを探したことで、思わぬ史跡に
出逢うことが出来たのです。


これまで、何度もこの武蔵嵐山を訪れています。 木曽義仲 生誕の地、その父である
源義賢(よしたか)の邸跡や、木曽義仲の子で、鎌倉将軍源頼朝の娘婿、実質は人質と
して捕られた源義高、その足跡などを確かめに来ていました。

その中で、帯刀先生(たちわきせんじょう)源義賢公の墓がこのあたりに残っているとま
で分かっていて、探せないでいたのでした。

現在お住まいの新藤家 敷地内にあり、お断りすれば見せていただけるというところま
でだったのです。

それが、ここに



   義賢廟堂

分かりやすく、新しい鳥居も建てられているではありませんか。裏から真っ直ぐに進ん
でいけば良いようになっていました。



   供養塔

    鎌倉時代のままと思われる供養塔です。

       猫  猫が出迎えるかのように座っていました。


道を挟んで、向かい側は、

   源氏三代供養塔
 
 源氏三代供養塔  源氏御廟所 になっています。

こちらを巡ると、鎌倉時代の武蔵嵐山、源氏の歴史が分かるようになっていました。


『平家物語』にも登場する朝日将軍木曽義仲生誕の地です。京都嵐山(あらしやま)
に景色が似ていることから付けられた武蔵嵐山(むさしらんざん)です。

遠い昔の歴史に思いを馳せながら景色を眺めてみると、またひと味違った風景が現
れてくるかも知れません。


競技かるた 74歳の挑戦

今朝、テレビのニュース番組の中で「百人一首の競技かるたに挑戦する人」の話題が
取り上げられました。

思わずキッチンを離れ、テレビの前に釘付け、その方がシニアだというので余計にです。



   競技かるたに挑戦


玉置東紀雄さん74歳。会社を定年退職した後61歳で競技かるたを始めたのだそうです。
「記憶力に多少自信があったからやってみようと思い立った」ということでしたが、退職
後61歳からの挑戦であったことに賛嘆の声。

クラス別の全国大会では2回も優勝していて、若い人にも負けていません。
「目標は来年のシニアの全国大会で優勝すること」だそうです。

日々の生活にも練習やスピード感覚を養う訓練を取り入れるなど、百人一首に打ち込
む玉置さんの姿は 生き生きとしていて、とても魅力的でした。




大磯 の 鴫立庵(しぎたつあん)

昨日は天気も良かったので、日中は気温も上がって再び春らしい日となった。見沼
田んぼの東縁ヘルシーロードではさくらの花びらが雪のように舞い散っていた。

代用水は さくらの花びらを一面に浮かべて流れ、道は 降る花びらで文字通りの「花
道」となっている。

さくらの代用水  花道

芽吹きの木々の葉が、やわらかに 花にも負けぬ色合いをみせて青空に映える。その
空から ひばり のさえずりが聞こえてきた。のどかな、とても快い一日だった。

それに比べて 今日の冷たい雨は、一挙に季節を逆戻りさせたかのようだ。気象予報
によると、明日はさらに気温が下がって、雪や霙の降るところまであるという。


 丁度一週間前に訪れた大磯あたりも あの時のさくらがほとんど散って、冷たい雨が
降っているのだろうか。



   鴫立庵 (2)

湘南にあるこの「鴫立庵(しぎたつあん)」は、日本三大俳諧道場の一つ。この草庵が
「鴫立庵」と名付けられたのは 西行の歌 によるとある。

江戸時代 寛文4年(1664) 崇雪がこの地に五智如来像を運んで 西行寺を作る目的
で草庵を結んだのが始まりと伝わるからだ。

   西行歌碑

   心なき 身にもあはれは 知られけり 鴫立つ沢の 秋の夕暮れ
 (出家の身で、ものに心を動かされることのない私のような者にもしみじみとした
  情趣は おのずから知られることだ。鴫の飛び立つ沢の秋の夕暮れには。)

この歌は、西行法師がこのあたりを遊行した時に詠じたものだ との言い伝えが古く
からあったという。


   地図

 大磯駅 横にある看板に 鴫立川を見つけた。「沢」という風景は
海岸より むしろ山間の比較的小さな谷川ではないかと常々考えていたので、この歌
が詠まれたのは湘南の海岸あたりではなくて、この地図にある鴫立川の少し上流で
はなかったかと思ってしまった。

もし、この地図にある鴫立川が西行が通った鎌倉時代からの名であったとしたらでは
あるけれど。いまでは 鴫立庵の建つ一帯、湘南海岸沿いは素敵な明るい場所で、
寂しさとは程遠い。

華やかな春という季節に 咲き誇る さくらが、西行のしみじみとした秋の寂しさを詠ん
だ名歌を、一時遠ざけていたのかも知れない。



   鴫立庵
    駅近くのこのcooffee bar の名も「鴫立庵」 (思いっきり洋風なのに)

   ケーキ
   昼間は洋菓子が並ぶ、 でも、表には「歴史街道」の標示があってこの店名。
   
          三夕の歌

   店内には、秋の夕暮れの寂しさを詠む名家、三夕(さんせき)の和歌があった。
   
  西行法師の他は以下の二首
  ・寂しさはその色としもなかりけり槇立つ山の秋の夕暮れ  寂連法師
  ・見わたせば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ 藤原定家




今日のさくら - ふりゆくものは・・

 昨日の強い風で 満開のさくらは どうなっているかと 気になって、
近くの 公園に行ってみたところ・・・

    ふりゆく桜

 今日のさくらは - しずこころなく はなの散るらむ - のとき も、はや過ぎて・・

 「百人一首」 96番にある

    花さそふ 嵐の庭の 雪ならで ふりゆくものは わが身なりけり
       (ウ)
                     入道前太政大臣
にゅうどうさきのだいじょうだいじん
 (桜の花をさそい散らす嵐の吹く庭のようすは、まるで花吹雪のようだが、本当にふり
  ゆくものは 桜の花ではなくて、しだいに(古り)老いこんで行く 私自身であることよ。

 

 ・ふりゆくものは→「桜の花が降りゆく」 と 「自分が旧(古)りゆく、老いてゆく」との掛詞。



 今日の気温は低く、陽も差さなくて、降り出しそうな空です。 

 ウ~ン こんな歌を 思い浮かべてしまった!  実感 カナ   




見沼 の さくらめぐり

静岡から神奈川と、満開のさくらを見ながらの歴旅を終えて戻ってみると、
ちょうど、見沼田んぼのさくらが満開だとのこと 

天気予報以上に 晴天のなかを きょうは見沼のさくらめぐりを楽しみました 


まずは、見沼代用水沿いに鎮座します 氷川女体神社を目指します。

   西縁
西縁の見沼代用水沿いの桜並木の下を 駅から北の方向へ。

ここらあたりには、大きなカメラを構えた人たちの姿が ちらほら。
でも、平日とあって それほど多くの人出はありません。

そこが、見沼のお花見 の 良いところ。 ゆっくり、静かに、心地よい風に吹かれ
鳥の声を楽しみながら 桜に導かれて 歩きます。

   氷川女体神社
      
             氷川女体神社の前に着きました。 
     



メタセコイア街道を通って、見沼田んぼを横切り、東縁へ。


   東縁1

「そうじいんばし」の 大きなさくら の 木の下から、東縁の代用水沿いを見沼自然
公園 の方へ。

   東縁2
 
 ウオーキングする人、ランニングの人を見ることはありますが、平日ですとこんな様子、
 これなら “お花見かるた” も できるかな 


  自然公園側

見沼自然公園 の 中を ひとまわり。 ふたたび 用水沿いに出ましたけれど、

さくらの道は、どこまでも、どこまでも続くので、歩き では ここまでに、、

今日の見沼田んぼ は さくらに酔い痴れる さくら街道 に なっていました。 


兼好法師は『徒然草』の中で、

 花はさかりに、月はきまなきをのみ見るものかは
(桜の花は満開のさまのみを、月はかげりのないさまのみを観賞すべきだろうか。)

     想像力によって情趣を味わうべきことを説く一節

と言っているけれど、こうして 満開のさくらを満喫したときには、凡人の私などは
「やっぱり、桜は咲きほこっているときに見るのが 一番良い」と思ってしまいます。




プロフィール

Keiko

Author:Keiko
写真:【 唱歌:「案山子」の立つ見沼氷川公園】

こんにちは! 日本古典文学
研究に従事しているものです。
子育てがほぼ終了という頃に
大学院に入学、現在は 古典
文学講座の講師をしています。

こちらには 自然と文化と歴史
を感じながら‘知るを楽しむ’
日常を記しています。         
     

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