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見沼で 年の暮れに

都心に近いにもかかわらず、昔懐かしい自然が残る“見沼田んぼ”に魅せられ、
こちらに越してきました。今年で10年が過ぎて、来年からはまた新たな生活
スタイルを試みたいと思案しながらの年越しです。


  富士とメタセコイア

今日も良く晴れて、メタセコイアの並木の間から真っ白な富士山がみえています。


  エルとお散歩

畑や土手の土には霜柱が見えて、水たまりには薄氷。舗装された道路を歩くのは
さぞ足が冷たかろうと、見沼自然公園のお散歩にしました。 エルマーのために。




   自然公園の沼

公園の中にある沼池です。ここに住み着いている鴨たちに、渡り鳥たちが加わって
賑わっています。水辺の葦や蒲も枯れ、水面を覆っていた蓮、睡蓮などの水草が取
り除かれたので元気な水鳥が泳ぎまわっては 潜る姿がよく見えました。鳴き声を
追いながら、その鳥を探し当てるのも楽しいものです。




   ロウバイの花咲く

   日当たりの良い場所にあるロウバイは、ほぼ満開になっているものもあります。

「梅」の文字を持つこの花の蕾が黄色くなってふくらみ始めると、いよいよ年の暮れ、
新しい年がやってくるなぁと思うようになりました。見沼田んぼには植木畑があるから
でしょうか、ロウバイの木も多いようです。




獨協大学オープンカレッジの講座も今年度が修了すると同時に、来年度へ繋がること
が決まっています。

天皇に愛された女の物語 ー日記文学「とはずがたり」と鎌倉時代ー

12月に、後深草天皇の法体像(出家した後の法衣姿)に逢いたくて足立区にある
お寺にでかけました。


     法受寺の住職と


住職さんから色々お話を伺うこともできて、今後は新たに「『とはずがたり』と
武蔵の国」をテーマにした分野を加えた読みを展開していきたいと考えています。


講座で読んでいるのは、巻二の終盤にかかるところですが、

blog『とはずがたり』公開講座 文字の上をクリックして下さい。)

武蔵の国への紀行文になっている巻四の私訳を、さらに読みやすい文章に修正し
ながらまとめ直しております。鎌倉時代の女ひとり旅に興味をもっていただけたら
幸いです。




一方、よくわかる「百人一首」の世界  と題しました講座では、受講いただい
た方を中心に、「百人一首かるた倶楽部」をつくり、獨協大学の教室を借りての活動
を続けてきました。


100首の和歌ですので、既に受講を終了した方が多くなったところで、講座の自習
との名目で教室を使用することが適わなくなりました。

12月最後のかるた取り練習会が「獨協・百人一首かるた倶楽部」の卒業式になり
ました。


     かるた倶楽部卒業



    
当面は、越谷市の中央公民館 にて活動することが決まっています。今後は大学には
関係なく、どなたでも参加を希望される方をお誘いできることになりました。


来年度からは、又新たに、受講生の方々を中心とした「獨協百人一首の会」ができた
らいいなと思っているところです。


皆様、大変お世話になり、ありがとうございました。どうぞ、良いお年をお迎え下さい。




エルマー の目が・・・




10日前の朝のことだった。起きた時からエルマーの様子がいつもと違う。
足がガクンとしてよろけたかと思うと、カウンターの脚にぶつかったりして、
歩く方角が定まらない。何度か名前を呼んでみるのだが、あらぬ方向を見
て探すような仕草をする。


昨年の6月から続いている目の治療で、白内障はあるものの、失明は
免れたと思っていたけれど、やはりダメだったようだ。不安げにいつ
ものコースをたどるように移動する様子がいじらしい。可哀想に思っ
て抱きしめ諭すように話しかけているところに、娘が帰宅した。


暫く黙って頭をなでてやった後、いつもの場所にエルを置いて言った。
「お母さん、大丈夫だよ。犬はね、目が見えなくなっても嗅覚と聴覚
でちゃんと動けるから心配しなくていいよ。ね、エルマー頑張るよね」


その後からは、声掛けをしたり、導いたりして、目を離さないよう注意
しては観察していると、少しまた見え出したのではないかと思える時が
ある。


1週間ほどして初めて、お気に入りだったシロクマの背中に乗った。
リードをつけてのお散歩も以前のように遅れずよく歩いている。だが、
階段だけは、ひとりで ひょいひょいと登ったり降りたり出来なくなった。

大掃除で上だ、下だ、外だとばたばた動いていても、エルマーはひとり
リビングにいて動こうとはしなかった。食欲は旺盛で心配はないと思う
けれど、これでは運動不足になって体が弱っていくことだろう。


これからは“毎日散歩”を欠かさずに、私も一緒に楽しむことにしよう。
エルマーは歩いた後のご褒美にもらう一個のビスケットを楽しみにする
ようになった。




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ガクモンソウ

    ガクモンソウ

窓の下に 数株ある植物に積もった枯葉

取り除いてみたら、こんな可愛い花を咲かせていました (^-^)

確かこの植物の名はガクモンソウ   学問僧  まさか



園芸種のガクモンソウは、斑入りの葉に紫色の花が咲くものが多いようです。



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東北道に誕生した 粋な 「お江戸」

   鬼平江戸処

車から降りると、さて一体どこへ迷い込んでしまったのかと不思議な気持になる
古い町並みが現れました。


東北自動車道、羽生パーキングエリア上り線に誕生したばかりの「お江戸」へ
行ってきました。

池波正太郎の人気時代小説「鬼平犯科帳」とコラボレーションした「江戸処」



   江戸前


鬼平こと長谷川平蔵が闊歩した「日本橋」「本所・深川」など、江戸後期の活気
あふれる街並みを再現しています。


   町案内


店構えだけでなくお食事などでも 江戸の世界観を表現してありました。たとえば、


   酢醤油問屋

醤油油問屋で売られているものに 「焼きそば」があったので、買ってみると、


     醤油焼きそば

これが なんと「醤油焼きそば」でした。(焼きそばなら やはりソース味でしょう)と、
思いながらも買って食べてみると、とても美味しい!
イカのゲソと、豚肉、キャベツが入ってます。


12月19日に開業したばかり、休日の今日はどのお店にも行列が出来ていました。


次に来たときには、五テツのシャモ鍋とか、話に聞いただけの「一本うどん」、老舗
の「くず餅」なんぞを 是非に食してみたいと思っておりやす。




冬至

今日は冬至、一年中で 昼の時間が一番短い日。今朝の気象予報によりますと、
東京の日の出の時間は6時47分、昼間の時間が、9時間と45分だそうです。


冬至を頂点として今後は昼の時間が伸びていくので、「日が短くなりましたね」
の挨拶を交わすのも、今日までということになりますね。


夕食にはカボチャの料理、和え物に柚子を使いました。そして、これから柚子
を浮かべたお風呂に入ります。

今年は(も?)、我が家の柚子の木が一つも実をつけなかったので、NOURAさんか
ら頂いた沢山の柚子を贅沢に使ってます。



柚子の木の隣に植えた、こちらは豊作

   カボス
カボスです。柚子の近縁種で、緑色のうちに収穫するものですが、熟すとこんな
黄色になります。直径は3~5センチで、柚子よりずっと小振りです。

ダイダイのように、正月飾りによさそうです。キッチンの窓辺にこうして並べておくと、
レモンのように料理に添えて出すのにも、絞り汁をお酢の代わりに使うのにも、直ぐに
使えて便利です。





善福寺川沿いの散歩道

土曜の昼下がり、プラハと一緒に善福寺川緑地公園にでかけました。小春日和と
まではいきませんが日当たりの良い場所は暖かく感じられます。

春の桜で名高い善福寺川沿いの遊歩道です。

     乳母車で散歩




葉を落とした木々や常緑の古木を活かして続く緑地、片や鴨が遊ぶ善福寺川を左右
に見ながら一時間ほど歩きました。



     柿
   
枝もたわわに実った柿をまだ残したままの見事な木、




   辛夷の花

春一番に、空いっぱいに花を咲かせるだろう辛夷の大きな木、




   池のほとりで

池のほとりの椅子に座って読書をする人、居眠りのひと。






ジョギングをする人も、散歩する人も、余裕をもって行き交うことの出来る憩い
の場所になっています。




尾崎橋の側に立てられた表示に、当地の歴史についての説明がありました。

     看板標示


このあたり、発掘された石器や土器、住居址からみて約8000年前から人が住ん
でいたことが分かる台地があります。

また、平安中期には源頼義が奥州征伐のため当地を通った際に、源氏の白幡(しろ
はた)があらわれたという伝説があって、地名もそれに由来するということでした。



歴史の一端を知るだけで、一層その地に愛着が湧くものですね。



間違った固定観念

     はな_


文学講座の最終日、「これ、私がつくったものです。どうぞ」と差し出された作品
です。

「えっ! 私につくって下さったんですか」と感激し、ありがたく頂戴しました。



白からピンク、薄いブルーへとグラデーションをなすバラの花。何輪も重なって
全体がやさしい色合いです。

紙質は思ったより硬いもの、ペーパークラフトというのでしょうか。手先が器用では
ない私は、細かい細工にただ感心すると同時に、この方が私よりお若い男性であっ
たことで余計に驚き、感心したのでした。



「ねえ、見て 見て!こんなに細かい折り方。 これをつくった人、男性なのよ~
 すごいよね」

と私が言うと、

「ああ、そうだね。でも、男なのに・・というのは、変じゃないか。僕も時間が
出来たら、編み物とか刺繍とかの 手芸やってみたいと思ってるんだ」

と夫。


「・・・・」



確かに、「男性なのに、すごい」という感想は、私の中にある固定観念からくる
もの・・・ですね。    



満 月 (12月17日の月)

    
 
     23時30分ごろの 今夜の です。

 南の天上から地上を煌々と照らしている、今日の月は満月。
 旧暦ですと、今日は11月15日になります。
                        






 獨協大学の教室を借りて、月2回 百人一首かるた取りを行ってきた「かるた倶楽部」
 今日の練習会を最後に、会場が変わることになりました。




            おかき

 「百人一首」をテーマにした おかき専門店「小倉山荘」のお菓子
 今日初めて 練習会に参加された方からの差し入れです。

 
 今日の月のようなおかきが 和歌の袋のなかから出てきました。



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トサミズキ

    トサミズキ

      
       見上げたら、 葉を落とした枝に 蕾が たくさんついていました。

       トサミズキに 角のように伸びた木香薔薇枝が重なる 冬の光景



       トサミズキは ミズキ科ではなくて マンサク科の植物なんだとか、

        なので、春一番に 黄色い穂状の花を 咲かせるんですね。 


           もう、春に向けての準備が 始まっていま~す!


歴史と文化の散歩道 ー 法受寺(ほうじゅうじ)へ

小春日和の今日、かねてよりお約束いただいた東京都足立区の法受寺へ行って
きました。


あるこう足立  文化と歴史の散歩道
  

竹の塚駅に集合、西口から北へ徒歩で十数分、東伊興にある寺町に近づくと

歩道にこんな石のポールが立っているのに気づきました。

歴史と文化の散歩道 の文字。 今日の私たちにもピッタリの道案内です。





法受寺(ほうじゅじ)に着いて、

   けいしょう院

  桂昌院のお墓にお参りです。五代将軍であった徳川綱吉の生母として、大奥
  に絶大な勢力を振るい、生前に従一位の位階を贈られている女性であること
  から、 玉の輿、女の出世 にあやかろうと訪れる人も多いと聞きました。




当寺を訪れた私たちの第一の目的は、『とはずがたり』に登場する後深草天皇の
法衣姿にお目にかかることです。

嘉元二年(1304)の奉納と伝わる後深草法皇の法体木像は、江戸期の修復時
に全体を黒く塗られた姿であったものを、平成24年に再び400年振りの補修
がおこなわれたばかりだということでした。

今回の補修では、像を守るために塗られたと考えられる表面の黒塗りを剥がす作業
が施されたために、鎌倉時代のお姿であったと考えられる 彩色がところどころに
伺われました。

写真に撮ることはできませんでしたが、しっかりと拝見させていただけましたので、
改めて その様子を別に記録して置きたいと思います。


『とはずがたり』年表からも 嘉元二年(1304)の7月に後深草法皇が亡くなっ
ていることが分かります。

作者二条は京での葬儀に密かに参列し、葬送には、遅れてその後を裸足で追う場面
が作品には劇的に描かれています。


こちらにある後深草院像は、鎌倉幕府の八代将軍として鎌倉在住であった法皇の
皇子の1人、久明親王(ひさあきらしんのう)によって納められたというものです。

法皇の像は、法衣姿ではありますが、仏像ではない為か とてもリアルなお顔立で、
言ってみれば生身のお姿を彷彿とさせました。


   集合写真


年間計画にはなかった今回の歴史散歩、急なお誘いだった
ために、全員参加というわけにはいきませんでしたが、

案内パンフレットによれば、他にもまだ色々見学したい場所があります。また改
めてご一緒したい 歴史と文化の散歩道 です。







谷塚文化センター文学講座 「小倉百人一首」


   文学講座 ~楽しく学ぶ「百人一首」の世界~ (全4回)


3回目になりました今日の講座では、小倉百人一首の中の「四季の歌」を取り上げ
てお話した後に、


伝承ツールとしての歴史をもつ かるた取り の 体験学習 を しました。


   谷塚文化センター文学講座


20枚の取り札(文字札)を並べ、将棋や碁のように 1対1で 取り合います。

読み手が1人、 3人~4人が1グループになって行う かるた取り です。



「やったことないから・・」と、最初は尻込みなさっていた方たちも、実践することで
かるた取りの要領も次第に分かって、絵札を手にとり 歌を読むことも楽しんでいた
だけたようでした。
                           




見沼田んぼ を横切る 道路


メタセコイアの並木道
葉が落ち始めています。

切り絵のようなシルエットの裸木が、連なって浮かび上がるのも、
もう 間もなくでしよう (^_^;)

クリスマス の頃に は (^_-)-☆





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どら焼き と みかさやま





銅鑼焼( どらやき ) をいただきました。


嘉永三年(1850)創業 梅花亭二代目菓子匠が創出したという 銅鑼焼です。 



焼き菓子の一種で、銅鑼(どら)の型をしてるところからの銘々だそうですが、一般
のどら焼きとはすこし型を異にしているのが特徴だということです。


梅花亭の、評判の焼き菓子の中で「どら焼き」は、その後続けて出されていなかった
のでしょうか、

「平成十年から再び復活して 皆様から大変ごひいきを頂いて居ます」とありました。 




皮の部分が薄くて、しっかりした粒餡が入っているなと分かる外観で、しっとりとし
た上品なお味でした。    






こちらのお店からは、別に「みかさやま」というお菓子が出ているとか。(え?
青えんどう豆を使った若草餡で、これは奈良の若草山を想って創ったそうです。


へえ~  そうなんだ!


わたしは、これまで二つの思い違いをしていたようです。


「どらやき」と「みかさやま」は、同じ形をしたお菓子、厚さはそれぞれだけれど、
関西では三笠山(春日山)の形を想って創られ、関東は銅鑼(どら)の型になぞ
らえているのではないだろうか。

京都の人から「どらやきとは言わない。この形のお菓子はみかさやまって言う」
と聞いたこともあって、同じお菓子を、関西では「みかさやま」、関東では「どら
焼き」というのではないかと思っていたのです。


そして、もう一つは、

三笠山は、春日山のこと なので、あの 安部仲麿の歌にあるように

天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも

「みかさやま」は春日山(三笠の山)を想って創られたお菓子なのではないかと
思っていたのです。

文明堂のお菓子はstrong>三笠山と銘々されています。なので、これは春日山
を型どったのだろ、と。




ところが、



梅花亭にはどらやきと、みかさやまの二種類があって、形も餡の色も違うもの
でした。

しかも、三笠山は山焼きで有名な奈良の若草山の事だというのです。若草山の
形は三笠の名前のごとく三層になっています。 

春日山も三笠山というのですが、お菓子の 三笠山(みかさやま)は若草山のこ
となのですね。


梅花亭の「どら焼き」を見ると、薄くて銅鑼(どら)の型をしています。「みかさやま」
は三笠山と呼ばれている若草山らしく、たっぷりの餡を挟んだお山の型です。

そうだったのか! 

私の中の謎がこれで解けて、すっきりです。 ごちそうさまでした 



小倉百人一首・講座 で かるた会

   今日のかるた


   90分で、 ・坊主めくり ・ちらし取り  ・源平合戦 2回戦


 かるた倶楽部 の 皆さんの 進行によって 充実した かるた体験講座となりました。



さわら のソテー・バジルソース添え


   バジル__

一ヶ月ほど前、最後のスイートバジルを摘んで作っておいたバジルソース、

瓶の中で、少し硬くなっていたので 白ワインを使ってのばして使いました。



     さわら のソテー バジルソース添え   

ソッコーの一品 出来上がり! 今度はもう少しきれいに盛りつけてみよう。



「天皇に愛された女の物語」 の 天皇に会うために

89代天皇であった 後深草天皇の像が東武スカイツリーライン「竹の塚」駅から
徒歩で十数分の 法受寺(ほうじゅうじ)に納められてあるとの情報を数ヶ月前
に得ました。


最寄り駅が埼玉の「谷塚」駅の隣の「竹の塚」ということもあって、近々訪ねてみ
ようと考え、まずは電話で問い合わせましたところ、住職さんから詳しいお話をお
聞きすることができました。


この足立区の有形文化財に指定されている「後深草法皇 法体木像」は、嘉元2年
(1304)の奉納と伝わるとのことです。これは法皇崩御の年です。その時の鎌倉
八代将軍であった後深草天皇の皇子、久明親王によって奉納されています。


引き続き鎌倉に将軍として在住する久明将軍は亡き父後深草法皇の供養を行い
法体の像を武蔵の国のお寺に奉納したと考えられます。


作品『とはずがたり』の中ですと、二条さんが石清水八幡宮で邂逅した後深草院
の姿そのものではないかと想像されて、いろいろ様子を伺うにつれてドキドキして
きました。


獨協大学の講座 天皇に愛された女の物語 ー 『とはずがたり』を読む」

「こちらの受講生の皆さんと一緒に、是非お伺いして、後深草法皇の像を拝見した
 いのですが」と伝えたところ、快く承諾いただきましたので、先日、その日のため
に「竹の塚」駅から伊興周辺「寺町」への道順と、住職さんご在寺の日時の確認
に行ってきました。





  法受寺

これで、迷うことなく道案内できると思います。


法受寺には、生類憐れみの令で知られる 五代将軍徳川綱吉の生母 桂昌院の墓
があり、女性の出世(玉の輿カナ?)が叶うと お参りに来られる方も多いとか。

近くに、林家三平さんが眠る海老名家のお墓がある常福寺、円楽師匠の易行院
あり、石畳を歩く寺の町一画は静かな佇まいを見せていました。





プロフィール

Keiko

Author:Keiko
写真:【 唱歌:「案山子」の立つ見沼氷川公園】

こんにちは! 日本古典文学
研究に従事しているものです。
子育てがほぼ終了という頃に
大学院に入学、現在は 古典
文学講座の講師をしています。

こちらには 自然と文化と歴史
を感じながら‘知るを楽しむ’
日常を記しています。         
     

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