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夕顔の花

「これ、何んだと思う? 冬瓜かな。 カボチャの種を蒔いた畑に生っていたん
だって」と、 持ち込まれた野菜です。



     これ何だ?

縦の長さが30センチをこえている大きさ、丁度半分に切って、大きなまな板
にのせました。


中は白くて冬瓜のようなのですが、もっと柔らかくて、皮も薄い緑色。まだ成長
途中の冬瓜でしょうか。



ならば、冬瓜の料理にして食べてみようか、ということになりまして、

     お料理

鶏肉と、一緒に だし汁へ醤油と酒に、隠し味程度の砂糖を入れて煮てみました。


     夕顔煮物  生長しきっていない実ならば、
食感にもインパクトがないだろうと、鷹の爪を入れて煮たところ、


つるんとした食感で、これがなかなか 美味しい~! のです。



過日、この野菜の正体が判明しました。

「あのカボチャ畑に出来た 冬瓜は、夕顔なんだってよ~」
「??? 夕顔の実だってこと? エ~ッ 夕顔の花は、あんな野菜になるの!」

と、大いに驚いてしまいました。



以前、夕顔の花の苗を園芸店で買ってきて庭に植えたことがありました。苗は
やがて蕾をつけて、あたりが暗くなるころになると、真っ白な花を開きました。

花の咲く様子は幻想的で、朝顔より大きめの花ではありましたが、可憐でした。

いろいろ説はあるそうですが、これがあの『源氏物語』の中で、源氏に愛された
女性のひとりの名になった花かと感動し、「きっと、扇に載せて差し出した花は
こんな花だったんだわ」と納得したものでした。



あの「夕顔」は、こんな大きな実などつけなかったけれど・・・ナ。この夕顔の
花ってどんななんだろう。



-『源氏物語』の<夕顔の巻>にも登場する「夕顔」-

ある日、源氏が通りかかったところの 宿の女性が、使い馴らした香の漂う扇に
<白い花>を乗せて源氏に差し出させました。その扇に書かれた和歌は、

心あてに それかとぞ見る 白露の 光そへたる 夕顔の花
当て推量ながら光源氏様かとお見受けします。夕顔の花が、白露とあなた様の
 光りで 輝いておりますもの





しかし、『源氏物語』に出てくる「夕顔」は、実を食べる種類のものではなかった
ようですね。なぜならば、夕顔の実(?)が野菜として食べられるものは、少し後の
時代に「丸夕顔」として日本に入ってきたもののようだからです。


     実




花の名を「夕顔」というのは、花が 夕方に咲くところから。夕方に咲いた白い花は
朝になるとしぼんでしまいます。なので、明るい時刻に見ると花はいつも蕾なのです。


     花


あ~ やはり、この夕顔の花は
以前、夜の間ずっと咲いていたあの可憐な白い夕顔の花とは、少し違っているような
気がします。


そこで、「夕顔の花」というものを色々調べてみたところ、私がこれまで「夕顔」だ
と思っていた花は「夜顔」とも言われている花だったことが判明。しかも、新種の園
芸種らしく、平安時代の物語に登場する花とはちょっと違うようなのです。


ともあれ、『源氏物語』にも登場する「夕顔」の一種「丸夕顔」。干瓢になるユウガオ
が、こんなにおいしく食べられるものであることを初めて知った 食体験 でした。



     夕顔のスープに

もう皆さんご存じの料理かもしれませんが、コンソメ味のスープに入れてもこの
夕顔の実はよく合って、とても美味しくいただけました。他には、海老、白しめじ
わかめ が入っています。



カタ カタ、手押し車 で



カタ カタ カタ と音をたてる 歩行の車 じゃないのに、

なぜか 「カタ カタしようか、カタカタ♪♪」 と言っている私


     IMG_1474.jpg

     車の中身は ぜ~んぶ 出してしまった !



     IMG_1476.jpg


  「さあ 歩いてみようか!


手を添えて
   右足、左足を上手に出すように-。


私の口から出てきたのは・・

(右)よン・よン・よ- (左)あン・あン・あ-、

       (右)よン・よン・よ- (左)あン・あン・あ-
・・」


自分で言っているのに 「なに、 コレ???」


あっ そうか  「あ・ん・よ」 だったんだ! と、今さら・・(笑)

 


 ~ よみがえる  35年前の 記憶 ~ 

「プラハの相手を お願い出来ますか」の声に答えてやって来たけれど、
             遊んでもらったのは、バーバのほうだったかもネ。



 稲刈り - 実りの秋です


   inekqari.jpg


     小学校の「体験水田」での稲刈りに出会いました 

             元気な声が青空に響きます。   見沼田んぼ 健在!   



かつて、「見沼田んぼ」の周辺は海底だったといいます。

時を経て、江戸時代になると、徳川家康の命によって堤が築かれ「見沼溜井」が
できました。

江戸時代中期には、徳川吉宗による幕府の財政改革で、干拓されて「見沼田んぼ」
となりました。

歴史のある見沼田んぼには、今に伝わる伝統や伝承が多く、何よりも、未来に残し
ていこうという自然が豊富なところです。


今夜 は 小望月


  明日が望月、だから、今夜は小望月


   小望月



 あまり綺麗なので、撮りました。

 一番古い物語の『竹取物語』では、かぐやひめが、月を見て、もの思いを
 するようになり、十五夜に、月に帰っていきました。



 大江千里(「百人一首」23番)の歌でも

 月みれば ちぢにものこそ 悲しけれ わが身一つの 秋にはあらねど

月を眺めているとさまざまに物ごとが悲しく感じられることだ。私一人のため
 にやってきた秋ではないのだけれど。





  秋の夜の月は、
  
 美しさゆえに人をもの思いに沈ませ、寂しい思いにさせるのでしょうか。

 
 月より明るいものが存在する現代の地上から、ひとり秋の月を眺めていても・・

    このような思いにはならないのですけれど。

      月は人の こころ を うつすの カナ?!


台風一過 を 待ち昆布

またもや「これまで経験したことのない・・」のことばを冠した台風が 到来。

昨日は、突風や大雨の被害状況を中継するテレビを見ながら一日家に閉じ籠もっ
ているより他ありませんでした。

なので、この際、台所の整理をしておこうかと引き出しや戸棚を開いてみると、
仕舞ったままになっていた乾物類や調味料が・・出て来た 


  乾燥昆布

これも、その一つ「磯こんぶ」。もう、賞味期限も切れていました。

折良く、義母が書いておいてくれたメモが出てきたので、「煮昆布」をつくって
みることにしました。


   メモレシピ

1、乾燥昆布を30グラム。濡らす程度の水に浸けて少し柔らかくなったところ
  で、適当な長さに切ります。浸けた水を「だし汁」として使うことに。

2、沸騰したら弱火にし、途中ときどき中を覗きます。煮汁が少なくなってきた
  ので一枚取り出して食べてみると、まだ硬い。

3、だし汁(水でも可)を足しながら、コトコト煮ること1時間弱。


なので、この乾燥し過ぎの干し昆布には、だし汁2カップ半必要でした。

歯触りを残した方が好みなので、これだけにしましたが、もう少し汁を
足しながら時間をかけて煮ると柔らかくなるでしょう。

コクのある甘辛さのなかに唐辛子のピリッと辛いのがよくあいます


以前は、こういった日本の伝統食らしき料理はあまり好まなかったので
すけれど、年齢とともに好みも変わってくるようです。


   煮昆布 (1)


常備食として作り置きしておくことにしました。




“キッチン断捨離”ほどモノは減らせない私ですが、まあまあの整理が終了
 した頃に、外が急に明るくなって、


   空

           午後6時、台風一過の空です。


 プラハ と エルマー と

   朝散歩__


プラハ 初体験 見沼田んぼの朝散歩。エル の先導?で歩きます。

今日の気温は、30度を超すとの予報 (^_^;) 朝から蝉が鳴いてます!

でも、総寺院から歩く 東ベリ散歩コース
ススキの穂が風に揺れ、もう彼岸花が咲き出していました。

秋は、見沼田んぼに しっかりやって来ています。



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「三芳野」 の名を そのまま残している -三芳ー

  P1010728.jpg

 ここは、埼玉県 入間の 三芳 です。


遠方から来ている人を乗せて、関越道を走っている時のこと、突然 後部座席で、

「えっ、ここら辺りが み・よ・し? あ~ 三芳 の文字もそのままなんだね!」
と、感嘆の声。


そうなんです、埼玉県の入間(いるま) は 『伊勢物語』に出てくるので・・。

しかも「すむ所なむ いるま(入間)のこほり(郡)、みよし(三芳)の 里なりける」と。
入間郡も そのまま。                (『伊勢物語』 十段 たのむの雁)



また、鎌倉時代の中後期に、ここらあたりを歩いた『とはずがたり』の作者二条
さんは、この地に来て『伊勢物語』を引き合いに出し、三芳野の伝承を記してい
るのです。


なので、この 三芳 は、私にとっても ちょっと意識している場所なんですよ。

現代では、ここが あの「トトロ」の舞台になった「トトロの森」の一つということで
開発から守って自然を残そうという運動が続いている所です。




さてさて、
  獨協大学オープンカレッジでの教養講座「天皇に愛された女の物語

6月「とはずがたり」を歩く・日帰りツアー の時期より、私訳『とはずがたり』
の方も、あわせて紀行編である 巻四に移っております。


そして今、鎌倉 川口 川越 善光寺 三芳野 隅田川 浅草 再び鎌倉 から、
熱田神宮 石清水八幡宮 再び熱田神宮から、伊勢神宮参詣まで 歩いています。


よろしかったら、二条と一緒に 「とはずがたり」を歩いて みませんか。

「伊勢神宮参詣」は、こちら  からも入れます。


今日は 白露:はくろ

今日は二十四節気の 白露(はくろ)。

な~るほど、これまで経験したことのない猛暑続きの夏でしたが、
今朝はとても涼しい 朝散歩 になりました。

    

PA030032.jpg


sannpomoti.jpg   見沼田んぼ に続く道
 


「百人一首」の37番に、こんな歌があります。

白露(しらつゆ)に 風の吹きしく秋の野は つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける
                    
白く光る露に風が吹き付ける秋の野は、あたかも糸で貫き止めていない玉が
    散り乱れるかのように見えることだなあ。


この歌、文屋朝康(ふんやのあさやす)が、歌合(うたあわせ)の席で、秋の野原
の風景を思い浮かべて詠んだ歌です。 (^_-)-☆


野原に生い茂った葉についた露。風にふき飛ばされて、きらきらと輝きながら
辺りに散っていく様子を、ぱらぱらこぼれ散る真珠(宝石)に見立てています。

そうそう、そうなんですよね。一昨年の Diaryを見てみると・・  (^_^;)

白露(はくろ)の頃はこんなでした文字の上をクリックして覗いてみて下さい。



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「きりぎりす」 は 「こおろぎ」


大気の不安定な状態が続きました。竜巻による被害や、雷を伴った激しい大雨に
襲われて、しばらく秋の虫たちも息をひそめていたのですが、

今夜は静かな夜、盛んに秋の虫の声が聞こえてきます。

「百人一首」の91番
きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに 衣かたしき ひとりかも寝む
                後京極摂政前太政大臣 [『新古今集』秋下] 

おろぎが鳴いているよ。霜のおりた夜の寒々としたむしろに、私は着物の片袖を
 敷いて、一人寂しく寝るのであろうかなあ。


この歌は秋でも晩秋の寒い夜のことですけれど、虫の音が、一人ぼっちで寝る寂しさ
を一層しみじみと感じさせています。

「さむしろ」とは「むしろ」で、藁や菅などで編んだ粗末な敷物。「衣かたしき」と
いうので、片方のそでだけを敷いての一人寝。そこに「きりぎりす」が鳴いています。

ところで、この「きりぎりす」というのは、「こおろぎ」のことなんですよね。


きりぎりすとこおろぎ



中古、中世には、現在の「こおろぎ」を「きりぎりす」と呼びました。

では、現在の「きりぎりす」が何と呼ばれていたかと言いますと「はたおり」。
その鳴き声が‘機織り’の音に似ていることからついた名だそうです。

もっと以前の『万葉集』にある歌にも、

夕月夜 心もしのに 白露の 置くこの庭に こほろぎ鳴くも  湯原王
(夕月夜には胸がせつなくなるばかりにこおろぎが鳴いているよ白露の置くこの庭に)

  「こほろぎ」は、秋を代表する虫として 歌に詠まれていました。



            今年の十五夜は9月19日。

中秋の名月を見ながら虫たちの声を聞く。そんな静かな夜であって欲しいものです。


                            01SEP10A.jpg


プロフィール

Keiko

Author:Keiko
写真:【 唱歌:「案山子」の立つ見沼氷川公園】

こんにちは! 日本古典文学
研究に従事しているものです。
子育てがほぼ終了という頃に
大学院に入学、現在は 古典
文学講座の講師をしています。

こちらには 自然と文化と歴史
を感じながら‘知るを楽しむ’
日常を記しています。         
     

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