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時代まつり

朝晩、急に寒くなりました。10月も今日が最後、買い物があって浦和に出掛け
ました。果たして‘ハロウィーン’の気配は?

    ハロウイーンカボチャ

パルコ1階のフラワーショップに こんなプレートが提げられてはいましたが、
外に出て、上を見ても、左右眺めてみても、それらしい催し物も見られませんで
した。ハロウイーンは外国の文化、当然と言えば そうなのですが。

伊勢丹で買い物をしたところ、‘ケーキセット’サービス券をいただきました。
ヤッター! いそいそと4階にある‘シェ松尾’へ。。


     ___20121101033655.jpg

この可愛い橙色のは、何? うン 左下向いて横顔だけど ・・

「これ、かぼちゃなのかしら?」
               ウェイトレスの方に聞きますと、

「そうなんですよ!本日 だけの 特別仕様なんです」
            彼女、にこにこ顔でちょっと 得意げにも見えました。


最近は、幼稚園(こども園)を含む学校でも‘外国文化を学び親しむ’といった
教育の一環として、ハロウィーン行事を行うところが多くなっているようですね。

そして、日本文化である 秋まつり も各地で見られる季節となりました。


私が 今 ちょっと楽しみにしているのは、

武蔵嵐山町 の 時代まつり です。昨年は都合で行くことができなかったのですが、
一昨年に、丁度始まる時間に出くわしたこの光景が忘れられません。


     嵐山時代祭り


     


さらに、ここ 埼玉県 嵐山(らんざん)町は平安時代末期の武将、木曽義仲の生誕地。
義仲は『平家物語』にも登場しています。

この嵐山町が、義仲とその父義賢(よしかた)、子の義高、義綱の3世代にまつわる
史実と伝承などをまとめた絵巻物風『源氏三代の物語』を刊行したとの新聞記事を
見ました。

     新聞記事




また、獨協大学オープンカレッジ講座「天皇に愛された女の物語」 の ぷち歴史旅
でも 秋の武蔵嵐山を訪ねよう と計画しているところです。

鎌倉時代にはこのあたりを‘鎌倉街道’が通っています。、『とはずがたり』には
入間川、川越、などの地名も出てきているので、二条さんも通ったかも知れません。


というわけで、ことしの嵐山町の時代まつりには 是非行ってみたいものです。


嵐山まつり ご案内  (ここをクリックしてください。)




ちょい取りカルタ で 練習会


獨協大学オープンカレッジ 「百人一首講座」 秋期講座 が始まって3回目

25日の講座では、百人一首和歌の解釈、鑑賞の後、最後の15分間だけ 

ちょい取り で「かるた」をやってみました。


  かるた

「かるた取り」は遊びと学習が結びついた世界でもめずらしいゲーム。
また、「かるた」はお年寄りから小さい子どもまで一緒に遊べるゲーム
ですね。

中でも、「小倉百人一首かるた」は日本の素晴らしい文化。
歴史の中であたためられてきた伝統文化に親しみ、伝えていきたいと考
えています。




そこで、今後

よくわかる「百人一首講座」の流れで、講座時間外でも次のような“かるた取り”
練習
をやってみることにしました。





      “ちょい取り 百人一首 かるた”


20枚の札で“かるた取り”の練習を行うものです。「競技かるた」とは別に、
「五色百人一首かるた」という「かるた会」がありますが、その方式を取り入れ
た練習方法です。

読み手1名、取り手が2名の計3名集まればできます。また、20枚の札でする
カルタ取りなので、1回が約5分、時間があれば何回か繰り返して練習できます。

その日の都合で参加時間を決めてお楽しみください。



   ロビー




   場所:6号館 一階のロビー 

   時間:木曜日。2限と3限の間のお昼休み時間帯 12時~13時 内
   
          3限に他講座を受講されている方も、
          ‘軽食持参でのランチかるた’にしようという話もでて
           いますので、少しの時間でもどうぞご参加ください。
   
  また、11月 1日、15日の両日は13時以降も行いたいと計画しています。


※「百人一首」の講座を受講されていない方でも、興味をお持ちの方の見学、
  参加は01JAN08A.jpg

大歓迎です。時間がありましたら、どうぞ

      ちょこっと お寄り下さい。


                                 01JAN10A.jpg



菊の花と重陽の節句

寒冷前線が通過する影響とかで、不穏な天候のまま 一日がおわりました。

夕方近くに 見沼田んぼの西縁を急いでいますと、畑の中に黄色の花が咲き
かかっているのが目に留まりました。

     畑の菊

     車を脇に止めて、撮らせてもらった一枚です。

今日は、旧暦ですと9月9日。五節句の一つ「重陽の節句」にあたります。
別名「菊の節句」。日本でも平安の昔から菊の花に被綿(きせわた)をした
もので身体をなでたり、菊の花を酒に浮かべた「菊酒」で無病息災を祈念す
るなど、菊にちなんだ行事が行われてきました。

帰宅後、改めて確かめてみたのですが、我が家の菊はまだ固い蕾のままでした。

今年は紅葉も例年より遅いといわれているように、菊の花が咲くのも多少遅い
のでしょうか。



今日は冷蔵庫に「食用菊」が半パック残っていたのを使って、今朝の新聞に
あった「菊なます」を作ってみることにしました。


《作り方》食用菊1パック

①菊の花びらを30分ほどミョウバン水につける。水洗いしてさっとゆで、
 水に放した後、ざるに上げて水気を切る。

「ミョウバンは確かあったはず」と、あちこち探してみたものの見つから
ないので、ゆでる時にお酢を入れて色止めにしました。

また、以前、花びらをはずして洗って、沸騰した鍋でゆでようとした際、
小さな花びらがあちこちにくっついて終始がつかずに苦労しました。

その話を講座の余談にしたことがありました。すると、Nさんが後から、

「花びらをゆでる時は、水からでいいんですよ」と耳打ち。

「そお!やってみるわ」

ということで、私は、花を萼から離さずにまず洗い、火をつける前の水を
張った鍋の中へ一輪ずつはずしながら入れていきます。

   菊を茹でる


②Aを合わせて菊を入れる。 A(一番だし1/4カップ、塩小さじ1/3、
 薄口しょうゆ、酒各少々、スダチの搾り汁小さじ2)

「一番だし」は、お湯へ鰹と昆布の顆粒だしをパラパラと入れて代用。
スダチがなかったので代わりにポッカレモンを使いました。


     菊なます
       出来上がり!これ、試食用。  

しゃきしゃき歯触りもよくて、グー   です。




被綿(きせわた)とは、「重陽の節句」の日の前夜に、菊花のつぼみに綿で
おおいをしておいて、当日 夜露と菊の香がしみ込んだ綿で身体をなでて、
無病息災を祈念するものですが、
                   04AUT01A.jpg





今日は 私「菊なます」で無病息災を祈念 したことになりますかね~ 



古都 の 秋

孫誕生の知らせを、チェコのホテルでうけました。

生まれてから3週目、孫に逢うため お嫁さんの実家、奈良にやってきました。

初めて乗った 奈良大和路線、山間の田に掛けられた 稲束、赤い実をつけた
柿の木の風景が、車窓から見え始めます。

乗り換え案内表示にみられる「法隆寺下」「信貴山」の駅名が古都奈良への思いを
一層募らせます。なんて素敵な場所で誕生したことでしょう。

          誕生






翌日は 予てよりの計画通り、古都京都の歴史散歩です。「哲学の道」を辿り
ながら、銀閣寺を始め 界隈の古刹を訪ねました。

     哲学の道


哲学の道」哲学者・西田幾多郎がこの道を散策しながら思索にふけったことか
らこの名がついたと言われます。

ここから銀閣寺へ、琵琶湖疏水に沿って付けられた遊歩道。「永観堂禅林寺」まで
足を伸ばしますと、約2kmにはなることでしょう。


   銀閣寺


銀閣寺
足利将軍義政が造営した東山山荘が寺の発祥。銀閣寺は俗称で正しくは東山慈照寺。
「観音殿(かんのんでん)[国宝]」に観音菩薩を祀る。閣上には青銅の鳳凰が東面
している。


   展望所からの眺め

展望所からの眺め。天気の良い日の午前中の清々しい風景。思わず深呼吸!


銀閣寺を出て「哲学の道」を7分程行くと左手に「法然院」への案内が見えてきます。
法然上人が礼賛を勤めた旧跡に開かれた古刹。


   法然院の盛砂

大きな盛砂には季節が描かれます。これは‘川にもみじ葉、そして銀杏の葉’。

こちらに谷崎潤一郎の墓があります。



          風の館本店


哲学の道」に戻って、「法然院橋」あたりにあるお店。さまざまなモビールが
そろう専門店がありました。

これから開店。色鮮やかで風にユラユラとゆれる姿は癒やしの効果も。綺麗で、
足も止まります。



          小径喫茶店

喫茶店「小径」。ここは映画『姉妹坂』のモデルにもなったという店。その映画
私は見ていないのですが、入ると写真やサイン色紙などがありました。

手作りのみたらしだんごが美味しい。


哲学の道」沿いには日本風だけではなく洋風構えの喫茶店もあって、側を通る時
には、コーヒーの香りが漂います。


年2回の特別公開以外は見られない「安楽寺」と「霊鑑院」は前を通るだけ。そこ
から疏水にかかる「寺ノ前橋」に出て、5分程行くと「大豊橋」。

ここから「大豊(おおとよ)神社」に向かって歩いていくと・・・「あァ~秋だな」
という思いがしてきました。気温は高い日でしたけれど。


IMG_0613.jpg

「秋の七草」
秋の野に 咲きたる花を 指折り(およびをり) かき数ふれば 七種(ななくさ)の花
萩の花 尾花葛花 撫子の花 女郎花 また藤袴 朝貌(あさがお)の花
        『万葉集』(山上憶良・やまのうえのおくら)


こんな下げ札がみられます。


大豊神社

秋草に囲まれてある「大豊神社」です。

     狛犬ー狛鼠

大国社 は よ~く見ると、「狛犬」ならぬ「狛鼠」なんですよ!



次は
   熊野若王子神社

熊野若王子(にゃくおうじ)神社

永暦元年(1160)い後白河法皇が熊野権現を勧請したのが始まりと伝わる古刹。

とはずがたり』では、二条の最後の旅が「熊野」、

境内には熊野と同じくナギの木がご神木として植えられていました。




   永観堂の秋


紅葉でも名高い 「永観堂 禅林寺
訪れた10月15日月曜日は、これくらいの紅葉の始まりでした。

まだ観光客で混雑するほどではなくて、境内も堂内もゆっくり見学することができ
ました。

「11月の初めごろの 秋たけなわ になると もう、紅葉を見に来たのか人を見に来た
のか分からないほどの混雑ぶりで 大変よ」とは京都出身の“京なでしこ”さんから
のことば。


ここ「もみじの永観堂」として、全国にその名を知られているんです。

また、永観堂禅林寺のご本尊は「みかえり阿弥陀」と呼ばれて、広く知られています。

「阿弥陀堂」にまつられていましたが、当然ながら撮影禁止。この挌天井には「百花」
が描かれ、両端には「散り蓮華」が描かれていました。

長谷川等伯と一門が描いたという「竹虎図」「楓雉子図」などを見ることができました。

          


9時ごろから歩き始めた「哲学の道」、周辺の古刹を訪ねながらの散策は永観堂まで
来たら既に12時をまわっています。

今回は、ゆっくり、のんびりと、そして時々 逢ってきたばかりの孫娘の顔を思い浮か
べながら「古都の秋」を 旅してきました。




10月9日は 月遅れ[栗の節句]

     
w さんから、いただいた 栗ご飯 です。
おいしい \(^o^)/

ご実家の新潟県 関川村では、月遅れの10月9日 重陽の節句に「栗ご飯」を炊い
て祝う風習があったんだそうです。

「埼玉に嫁いでからも、毎年欠かさず 同じ栗ご飯を炊いて祝ってきたんですよ」と。



7月7日の七夕祭りも月遅れの8月7日に行うところ、おおいですよね。旧暦との差を
“一ヶ月遅れ”で調整した分かりやすい方法なんでしょう。

ちなみに、今年は旧暦で9月9日は・・10月23日。「菊の節句」で、菊の花も咲き
そうです。
                        04AUT02A.jpg


“栗の節句”だった という方 多いんでしょうか。 私は山国育ちですが“栗の節句”
ではなかったものですから、驚きました。調べてみると、江戸時代からが多いようです。




旧暦9月9日の「重陽の節句」は菊が咲く時期。

平安の昔から菊を愛で、無病息災を祈る「菊の節句」とも呼び習わされてきました。

枕草子』や『紫式部日記』には節句の前夜に宮中の女官たちが菊の花に綿をかぶ
せるという「被綿(きせわた)」(菊の香りと夜露をしみこませた綿で身体を撫で
邪気を払う)を行っている記述がありますし、

源氏物語』には菊の花を酒に浮かべてその香りを楽しむ「菊酒」を味わう風流な
風習が描かれています。

江戸時代になるとこれらの風習が武家社会や庶民の間に広まりますが、
農山村や庶民の間では秋の田畑の収穫が行われる時期ともなると、山で実る栗を拾い
集め「栗ご飯」を炊いて節句を祝いました。だから、

“栗の節句”とも呼ばれていたのだそうです。

                                01OCT21A.jpg


オーストリア から チェコ へ

今年の 9月23日は 陰暦(旧暦)ですと8月8日に当たるのですね。
それを、中欧の旅から帰ってから、暦 で確かめました。

といいますのは、22日がオーストリアのザルツブルグ泊、翌日チェコに向かって
出発し、世界遺産「チェスキー・クルムロフ」を訪ねた後 9月23日プラハに入っ
たのですが、

夕闇迫る時刻になっていて、とっても大きな半月(八日月)が昇っているのに気づ
いたからです。「えーっと、月齢からいくと・・・上旬(陰暦)の月で上弦だと。

チェコの美しい街並みは目を見張るばかりでした。まるで絵本の世界、ロマンチック
なおとぎ話が生まれてきそうな風景です。

「月って、あんなに大きかったかしら?」

「 低く出ている時って大きくない?チェコの月は大きいなんて、まさかね(笑)」

「丁度の半月の形! 上弦の月でいいのかな ?」

「多分。もうすぐ右に傾いてくるでしょきっと。で、弓の形に擬えたら、上が弦に
 なるんだと思うから・・・上弦、」

「小学校でね、『右手をあげて上機嫌』って習ったのよ。で、やっぱり 上弦の月?」


(※この判別方法については帰国後に、そういうことかな?程度に理解しました。)


といった次第で



この日の夕食は プラハ最古のビアレストラン「ウ・フレク」に出掛けまして、ここから
翌24日までは、 チェコ観光です。


     IMG_0394.jpg
 チェスキー・クルムロフ 世界遺産に登録されたチェコで最も美しい中世の趣漂う街       



レストラン1  レストラン2
 プラハ最古のビアレストラン「ウ・フレク」みんな、陽気。歌も歌います。


IMG_0419.jpg ローストポークとクネドリーキ

小麦粉、玉子、牛乳をこねて作った生地を茹でるとか、食感は蒸しパン風。チェコ名物。




     聖ビート大聖堂
      プラハ城 内 聖ビート大聖堂



  黄金の小道  カフカの家
黄金小路 16世紀 金細工の職人の居住地だったことに由来する名。
その中の水色をした家は作家フランツ・カフカが仕事場として使っていた。
『変身』はここで書かれたと聞く。



     IMG_0472.jpg
     聖像彫刻が30体並ぶ カレル橋 を渡ると、



     旧市街広場
      プラハの旧市街へ。 ここは旧市街広場。観光客が行き交い、ストリート
      パホーマーが芸を披露する賑やかな広場。





     時計台
     天文時計。15世紀初頭に旧市庁舎の塔に設置されたという。1時間ごとに
     仕掛け時計からキリストの12使徒が顔を出す。



     IMG_0488.jpg
      カフカの生家はここに。 記念館としてカフカの生涯を展示する。


言うまでもなく、見所は山とあって十分に廻ることは出来ず、是非機会があればもう一度
訪れたいところです。 が、時間、経費 共に・・・再度は 無理カナ。







続きを読む

ザルツブルグ音楽祭を追いかけて

<ザルツブルグ音楽祭とサウンドオブミュージック>

9月29日(土)、30日(日) 獨協埼玉中学高等学校の 蛙鳴祭(あめいさい)で
吹奏楽部の演奏。この夏参加したザルツブルク音楽祭(オーストリア)での演奏写
真が紹介されていました。

すべて世界遺産のところです。「遠く日本から招待されてやってきた若き演奏者
の様子を、日本の関係者の方々にも是非見ていただきたい」と撮って頂いたもの
だそうです。

   シェーンブルン宮殿にて演奏


   シェーンブルン宮殿庭園

ホームページの最新情報へは、こちら (← クリック)からお入り下さい。



私は9月21日から22日 にかけてオーストリアのウイーン、ザルツカンマー
グート地方を通ってハルシュタットへ、その後ザルツブツクに行きました。

なので、「シェーンブルン宮殿での演奏風景」が


まるで現地で見ていたかのように目に浮かびました。



     シェーンブルン宮殿

     シェーンブルン宮殿

ハプスブルク家の「夏の離宮」。リア・テレジア・イエローと呼ばれる明るい黄色
の外観が映える壮麗な宮殿です。

「フランスのベルサイユ宮殿に匹敵する宮殿を」という時の皇帝レオポルト1世の
命によって1696年に着工。その後 紆余曲折あって、1749年にはバロックと
ロココの様式をもつ美しい宮殿が完成しました。

ナポレオンの占領やウィ-ン会議など、数々の歴史ドラマの舞台となった場所でも
あります。



     庭園

      シェーンブルン宮殿の庭園

宮殿の裏手にあたる広い庭園。高台に立つグロリエッテにはカフエもあるとのこと
でしたが、宮殿の内外 広くて、大きくて、もうそこまでとても見学してまわる時
間はありませんでした。

     人1

     じぃ~と、見てたら ???


     人2

     ワァ~ァァ動いた!  人間だったのね。 

一緒に記念写真を撮る人には大サービスのポーズ をとってくれますよ。



ウイーンの後は、

ザルツカンマーグート地方を通ってハルシュタットへ。

ケルト文明の地として発達してきた歴史ある街です。

     インスブルク


ハルシュッタト湖の湖岸に広がる小さな街は、1997年、ユネスコの世界遺産に
登録されました。


モーツァルトの母が生まれた街「ザンクト・ギルゲン」や、ミュージカル「サウン
ド・オブ・ミュ-ジック」の舞台となった美しい自然にうっとりしながら 


ザルツブルグに到着。この街に着いたら雨模様に・・・。 



サウンド・オブ・ミュ-ジック」の名シーンがよみがえる・・・


ミラベル宮殿噴水




ミラベル庭園。マリアと子供達が楽しそうにドレミの歌を歌いながら、噴水の周り
を行進し、アーチ状の木立の下で駆けっこをするシーンでした。

庭園は18世紀の造園。



カラヤンの生家も通り、ゲトライデ通りに面したモーツァルトの生家の前まで行き
ましたが、

   モーツァルトの生家



モーツァルトは1756年1月27日の夜に、この建物の4階で誕生した。見学は
午後4時までということで、もう時間がなくなり、残念ながら見ることができませ
んでした。

ザルツブルク音楽祭の主会場となる大ホール。ビール祭りの会場も雨の中。


   通り


ゲトライデ通りのショップも早くに閉店となってしまって、気分未消化状態デシタ。




   ホーエンザルツブルク城塞


「ホーエンザルツブルク城塞」も雨に煙って、やがて闇に沈んでいきました。内部には
城塞の歴史を展示する城塞博物館やマリオネット博物館などがあるということです。






プロフィール

Keiko

Author:Keiko
写真:【 唱歌:「案山子」の立つ見沼氷川公園】

こんにちは! 日本古典文学
研究に従事しているものです。
子育てがほぼ終了という頃に
大学院に入学、現在は 古典
文学講座の講師をしています。

こちらには 自然と文化と歴史
を感じながら‘知るを楽しむ’
日常を記しています。         
     

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