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魚の 一夜干し


最近ハマっているものの一つに、“魚の一夜干し”があります。
きっかけは、昨年、函館から送られてきた義父手作りの「魚の干物」。

     じいちゃんの干物

ちゃんと背開きになっていて これが実に美味しい!

魚は干すことにより水分が減って、表面に膜ができるような感じになるのですね。
と同時に1日外で干すことにより、生の柔らかさとは違った独特の食感と食味が
出てきて、とても気に入っています。

内臓を取り除いてから身を開いて干す加工法が一般的なのでしょうが、私はイワシ
などの小型の魚の場合ですと内蔵だけは取って(生干し状態なので内臓は取る)、
‘丸干し’にしています。

また、最近はきれいに開きにしたものや、サンマは頭と内臓を取り除いたものを、
‘丸ごと魚’と同じ値段で並べて売られているのを見かけます。

しかも、必要な尾数を取って、備え付けのビニール袋に入れてレジに持っていけば
よいので好都合です。

なので、その日の夕食に必要な尾数に、干物用のものをプラスして買ってくると楽
ですね。何も手を加えなくても、そのまま一夜干しに出来るからです。



袋にイワシ
コレ、大8尾入っていて198円。安さにひかれて買い物籠に入れてしまったもの。


その場合は、まずはすべてを手開きで‘開き’にしておいて、
半分(4尾)は身を剥がし取り‘つみれ’にし、残りは開きの干物にしてみました。


干物のためには、

まず塩水(水カップ2に塩大さじ1程度を溶かす)に、開いた魚を浸し(塩洗いする
感じです)、

あらためて身に味をつける為の塩水を作って(私は、水500ccに塩大さじ3~4程
度を溶かしています)、そこに魚を約1時間程 浸しておきます。

その間に夕食の準備。一段落したころに、干す魚を塩水から上げて、軒下に提げた,,,


一夜干し1 一夜干し2



「網干し籠」(百均で買ったもの)に並べます。


夕方に入れて置いたものは、翌日の夕方近くには取り出します。直ぐに食べない場合
はラップにくるんで冷蔵庫に入れておきます。

アジやカマス、サヨリなど、保存のためではなくて、美味しく食べるためには薄塩で
仕上げたほうが私は好きですが、酒の肴にするには濃いめ方がよいようですよ。


我が家には シジュウカラがよくやってきます。

シジュウカラ1 カラ2



まさか魚に惹かれて、、、じゃ、ないですよね。

猫たちも、この高さですと狙う努力もしないようで、毎回無事に 旨味の増した魚を
味わうことが出来ています。





「古代蓮の里」 から 「羽生水郷公園」へ

埼玉県行田市の公園「古代蓮の里」で、ハスの花が見ごろになりました。

一昨年に初めて訪れて今年で3度目になります。見ごろは午前中の早い時間という
ことなので、今年は7時過ぎには園内を廻れるように出掛けました。


地中に埋まっていた1400~3000年前とされるハスの種が、1971年に
近くの建設工事で堀り返されて発芽したのが始まりという古代蓮。

市の天然記念物に指定されています。

蓮田


蓮1   蓮2






そんなにも長い間地中に眠ったままでいたものが、突然現代に甦って開花したと
いうのです。

こういった劇的な生命の出逢いもまた運命なのかも知れないと、ちょっと気持ちを
入れ込んで見て回ることにしています。

     背比べ



園内 会館のタワー展望室からは、見晴らしの良い日に 関東平野を取り囲む山々を
眺めることができますが、 今日は霞んで眺望がきかず残念でした。

すぐ下に見える東側の「田んぼアート」です。

     田んぼアート



昨年も同じく「のぼうの城」図でした。すぐ近くの忍城(おしじょう)を舞台に
した歴史小説が映画化される運びになっていたからでした。

ところが、ここには、かの‘石田三成水攻めの場面’があるため、大震災の津波
を思い起こさせる映画の上映は差し控えることになったと聞きました。


今年の春、田植えのころには11月の上映が決まっていたのですね。ボランティア
を募っての田植えで、育った稲のアートです。

そして、西側に円内のハス田が 広がっているのも一望できます。

     田んぼ全体




今年のハスの花とお別れした後は、田山花袋「田舎教師」の舞台である羽生(はにゅう)へ。

小説の主人公は明治時代の田舎教師、林清三。この人物のモデルとなったのは羽生
の人で、建福寺本堂に下宿していた青年教師 小林秀三氏ということですが、

     田舎教師の像


この「田舎教師の像」もまた小林氏なのでしょうかね。もう20年以上も前になり
ますか、子供たちと一緒に羽生を散策して、この「田舎教師の像」も確かに見てい
るのですが、その時の記憶からすると今回の像が 随分若く感じられて驚きました。

それだけ自分が年をとったということかな。

思い出 ついでに「川魚の水族館」へ。


生物と自然をテーマにした文化教養型レクリエーション施設の一つ、

「羽生水郷公園」の中の「さいたま水族館

川魚中心の水族館に変わりはないのですが、広く、明るく、楽しめる館内になって
いて、随分雰囲気が変わったように思います。

   水中     生き物の住む自然を映像
  <水中写真 お魚と一緒に記念写真>     <魚の生息する自然の映像を映す>


水郷公園内には野外施設もあり、自然に触れられるということで親子連れ、子どもの
姿も多く見られました。

                  
                             01JUL06A.jpg





水無月菓子 を 作ってみました!

水無月(みなづき)菓子というものを作ってみました。

今日は7月 24日なので文月(ふみつき)なのですが、旧暦では6月6日になり
ますし、ちょうど時間もできたところで、6月の異名を名にもつ「水無月菓子」作り
に初挑戦してみたというわけです。

水無月の作り方
先月の「百人一首」の講座で「宇治川の君」に見せていただいた新聞の切り抜き
です。是非自分で作ってみたいと思ったので、コピーさせてもらいました。

①くず粉(90g)と白玉粉(60g)に水550ccを2回に分けてダマにならないよう
 よく混ぜ合わせます。
②小麦粉(210g)と砂糖(150g)はざるでふるって混ぜて、①をかき混ぜながら
 入れ、泡立て器で混ぜて、ざるでこします。
③大さじ8杯分の②を別に取り分けておき、生地を水に濡らした流し型に入れ
 ます。
④蒸気の上がった蒸し器で強火15分ほど蒸します。

        蒸し器で蒸す



⑤上に小豆の甘納豆を散らします。これは‘十勝の甘納豆’で買っておいたもの
 を使いました。

        小豆を並べる


⑥取り分けておいた生地③を上に流し入れて、

        生地を流して


さらに10分ほど蒸します。


⑦よく冷めたころに、型から取りだして、三角形に切ります。

        切り分け


     水無月


三角形には氷、小豆の赤色には魔除けの意味があるといわれているそうです。

水無月レシピを紹介している行事食研究会代表者のお話によれば、京都では6月
30日に神社で半年の厄を落とす「夏越しの祓い(なごしのはらい)」があり、
その時には半年を無事にすごせたことに感謝してこれを食べるということですよ。

「宇治川の君」が、この記事に目を留めたのは、ここに書かれていた歌。

風そよぐ ならの小川の 夕暮れは みそぎぞ夏の しるしなりける  藤原家隆
( そよそよと風が楢の葉にふいてそよぎ、このならの小川の夕暮れはすっかり秋の
訪れを思わせるようであるけれど、ただこの川のほとりで行われている水無月祓え
だけは、やはり夏だという感じであるなあ。)

百人一首」98番に採られています。


京都の上賀茂神社では、「夏越しの大祓」が6月30日に行われたということです。

そういえば、7月1日に訪れた群馬県板倉町の雷電神社にも「夏越しの祓え」とあっ
て、茅の輪が掛かっていました。

     雷電神社の茅の輪



同じ板倉町にある「高鳥天満宮」では
夏越の大祓 七月二十一日(土)、二十二日(日)ご案内  とありました。


また、川越氷川神社では7月31日に行われるということです。


新暦か旧暦かの違いで、いずれにせよ6月(水無月)に「夏越しの祓」ということで
すね。。

なので、私の「水無月菓子作り」も新暦から旧暦に渡っての挑戦になったということ・
・・にしておきましょう。
               



挌天井に「百人一首」絵 のある 寺

7月15日の日曜日に、栃木県小山市にある日蓮宗の寺院 妙建寺(みょうけんじ)
行ってきました。本堂の格天井に「百人一首」の絵が描かれていると知ったからです。


寺前          寺

    妙建寺 門                         境内  


妙建寺は建武元年(1334)に建立、現在の本堂は享保2年(1717)に再建される。

建立以来一度も火災に見舞われなかったということですので、天井絵もその時のままと思
われます。


     天井絵1


     天井絵2


     天井絵3



板は約60cm四方で白く塗られており、木肌の持ち味を生かしたのか40cm位の
丸い円が茶色に残っています。作者人物絵と共に、歌が書かれているのですが、見上
げてその文字を判読するのはちょっと難しいですね。



     赤染衛門
  これは、妙建寺のホームページに出ていた赤染衛門(あかぞめえもん)の絵札。
赤染時用(あかぞめときもち)の娘で、和泉式部と並び称される歌人です。

59 やすらはで 寝なましものを さ夜ふけて かたぶくまでの 月を見しかな                     
    赤染衛門                   
(あなたがおいでにならないと分かっていれば、ためらわないで寝てしまったことで
しょうに。夜が更けて、とうとう月が傾く時まであなたのおいでをお待ちしたことで
すよ)
この歌の文字は、こんな順番で書かれています。
 文字
赤の数字の順に従って読むと、59番の歌になるようなつながりですね。



天井絵は、龍が描かれた部分もあって、「百人一首」絵は全部で55枚ということでした。

100枚のうちの55枚は、誰の歌なのか、現時点では分からないのですが、誰が選ば
れているのか、また、何をもって55枚が選ばれたかのかを知りたいと思っています。


寺社の天井絵に百人一首の絵が描かれるのには、どんな意味があったのでしょうか。
一つには「学問」にかかわるものと考えられます。また、見る側であった参拝者の
思いといいますか、多くの人々に「百人一首」絵がどう受け止められ、鑑賞されて
きたのかについて興味がひかれるところでもあります。


妙建寺へは・・・

     妙建寺地図

東北本線 小山駅 から 徒歩約8分  ホームページ は ここ(←クリック)から入れます。




見沼の散歩道

     

萱草の花

朝から気温はもう24度、陽も昇ってしまったので、見沼田んぼの東縁
「緑のヘルシーロード」を朝散歩。カンゾウが咲いて、もうすっかり夏です。





     P7160111.jpg

休日で、代用水に釣り糸を垂らしている先客もいて、ジョギングする人は背後を静かに
通り過ぎて行きます。


     ___20120716164648.jpg


メタセコイヤの並木の向こうに、今日はくっきりと富士山が見えました。



「・・・・・・富士の高嶺に雪は降りつつ」の歌とは対象的な、濃紺の夏富士になりつつ、

          見沼の富士



でもまだ白い筋を少し残している富士の姿です。


一昨日のお昼近い時刻に、今年初めて蝉の声を聞きました。今朝、ここではもう盛んに
蝉が鳴いてます。

時折吹く風が心地よくて、川面や水田の上をアキアカネ(赤とんぼ)が舞っているかと

思えば、大きな木の下を行く時には鶯の声がして、春から夏へ移行する素敵な空間 を

通過していくような、心地よい散歩道です。






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小倉百人一首 かるた遊び 実践講座


「小倉百人一首」の世界 の講座では、

主に 歌と作者とその時代について学ぶことが中心になります。日本の伝統文化である
かるた取り」の実践まではなかなか時間がとれません。

そこで、講座が終了した翌週、同じ教室を借りて参加希望者を募り「かるた取り実践教室
を開くようにしています。



「百人一首」の講座も今年で3年目、受講生を中心に出来た「獨協かるた倶楽部」メンバー
の協力 を得て、今回参加していただいた方達と共に、3種の「かるた遊び」を実践しました。

◯坊主めくり
字札を取り合うかるた取りと違い、絵札を使った遊びです。

     めくり1
(手前に置かれた「かるた箱」は南天さんのもの。これは字札の箱でしたが
       絵札も見てみたいものですね。「古いものよ」「だからいいんですよ」)
     
せっかく沢山自分の札を持っていても、お坊さん(法師)の絵札をめくってしまったら
全部の持ち札を出さなければなりません。


     めくり2

大金持ちならぬ大札持ちの人が、一枚の坊主札を引くことによってゼロになることも。

そこで、終わりが近くなると余計に・・・運命はいかに!ということで、


     めくり3

 歓声が上がることもあります。反対に溜息が聞こえる時もありますよ。




◯散らし取り
江戸時代頃から流行りはじめた遊び方です。

100枚の取り札(文字札)をバラバラに並べてそのまわりに取る人が座ります。

     ちらし1


教室では机を合わせ、テーブルセンターのように布をかけてその上に並べています。
この方が床に広げるよりもやりやすいようです。

     ちらし2


これで、3組のかるた、3グループで行っています。



◯源平合戦
取る人が2チームに別れての団体戦です。


     源平1

100枚の取り札(文字札)を各チームに50枚ずつ配り、3段に並べます。


     源平2

3分間 前に並べられた札を見て、位置を覚えます。(覚えたつもり ナンダケドネ 



     源平3

散らし取りと同じく、読み手が歌を読み始めると、取る人は並べられた取り札(文字札)
の中から、その下の句を探して取ります。

相手チームの札から取ったら、自分のチームの札を1枚相手側へ渡します。早く札がなく
なった方のチームが勝ち。



全く初めての方、子供のころに遊んだことはあるけれどすっかり忘れているという方たち
でしたけれど、和やかな雰囲気のうちに「かるた遊び」はスムーズに進行し、2時限内で

3種すべてを実践することが出来ました。 

                        






高鳥 天満宮 (たかとり てんまんぐう)


『小倉百人一首』天井画のある高鳥天満宮


群馬県の板倉町に、『小倉百人一首』の天井絵が描かれている神社があることを、
春期講座「よくわかる『百人一首』の世界」の受講生SIBAHARAさんから教えて
いただきました。

その「天神さま」と親しまれてきた神社は、

上州板倉 智恵付け天神  高鳥天満宮 といいます。

     社殿  


     社殿彫刻  社殿彫刻






     神楽殿  こちふかば・・
            神楽殿                  こち吹かば・・の歌碑




「天神さま」の御祭神は菅原道真公、なるほど「百人一首」との関係に頷けるもの
 がありますね。

    このたびは ぬさもとりあへず 手向け山 もみぢの錦 神のまにまに  

(今度の旅は急なことでお供えする幣も用意することができませんでした
 ので、さしあたってこの手向山<たむけやま>の美しい錦のような紅葉を
 お供えいたします。神様の御心のままにお受け取りください)

この歌は、紅葉の美しさを詠んだ 菅原道真の歌で、24首目に採られています。


なぜ、この群馬県の板倉町に「高鳥」という天満宮があるのか、その由緒書きに
よりますと、

延喜元年(901年)、平安時代になりますが、道真公にお仕えしていた岩下勝
之丞が随行を申し出ました。道真公は行先の困難を思って随行を諦めさせ、御自
ら画像を描かれると、これを私だと思えと与えました。

岩下は故郷である出羽国に戻りこれを守護しました。その後、文暦元年(1234年)
鎌倉時代中期になって、後裔 岩下勝之進がこの画像を伴って京都北野天満宮に参詣
の帰途この地に寄宿したところ、道真公が夢枕に立って、鳥が高く飛んで止まない
この地にまつるよう告げられました。
 そこで、神慮に従って神社を創建し画像を安置したということです。
 
       (神社ホームページ http://www17.ocn.ne.jp/~tenjin/ による)

現在の拝殿は嘉永元年、江戸時代後期に造営、その天井に「百人一首絵」があります。

     天井画
             (「境内案内版の画像」より)

地元の絵師によって描かれた歌人百名の絵像と和歌。その背景には天井板の木目も
風合いよく残っていて素晴らしいものでした。

撮影は遠慮願いたいとのことで、『高鳥天満宮拝殿「小倉百人一首」天井絵一覧』を
いただきましたが、実際のものとは格段の違いがあるように思います。

去る平成14年の、菅原道真没後千百年記念を契機に、各絵の周囲の紺青色などには手を
加えるなどの修復も行われたとのことでした。

60画歌     天井画61
<小式部内侍 こしきぶのないし>     <伊勢大輔 いせのたいふ>

               (社報「天神さま」第21号より)


これらの絵、下部の 畳の下に、関連するものや風景などが描かれているのが特徴的です。



なお、当社での「夏越の大祓(なこしのおおはらえ)」は7月下旬に行われています。







和風 & 欧風


日本古来の生活文化から生まれた物とよく似た物が、外国にも受け継がれてきた物
としてあることを知って驚くことがあります。

最近ではTV番組「恋する雑貨」で取り上げられていたフランスの

「カフェオレボウル」

カフェオレボール1      カフェオレボール2



フランスでは、それぞれがこのような自分専用のカフェオレボウルを持っていて、
大切にしながら、色々な器として楽しんで使うんだということです。


              P6160007.jpg



(へぇ~これって、ご飯を盛るお茶碗にも近いけれど、もっと似たもの 私も持ってる
じゃない~  )ということで、  発想の転換、、、







     抹茶茶碗

朝のグリーンスムジー。カップの代わりに使ってみたこれは・・・抹茶 茶わん、
tea ceremony cup

コレ 使い勝手が良くて、気に入ってます。ほとんど棚の奥にしまわれたままで

出番のなかったこの 和の食器、只今はこんな具合で、活躍中なのです。  





行ってきました!鎌倉紀行 - 『とはずがたり』を歩く

<北鎌倉駅から> 

 深い緑に包まれた鎌倉五山第二の古刹   円覚寺

     円覚寺


文永の役、弘安の役(蒙古 襲来)二度にわたる元との戦いで死んだ敵味方の兵士を
弔うため、第8代執権北条時宗が弘安5(1282)年 創建した寺。

現在の姿は、主に江戸幕府の保護によって再建されたもの。

    

百観音 方丈 前の 百観音を巡る



                     大鐘
   洪鐘(おおがね)
143段ある石段を上がると、東国最大 国宝の梵鐘があります。鎌倉時代の代表的な作
とか。蒙古襲来で疲れ切っていた国家の安泰と民の幸福を祈って造られた洪鐘です。



<鎌倉駅から>

ここでまずは腹拵え。鎌倉では12時近くなるとどこも満席になるようです。美味しい
と、評判のところは特にですが、見学が目的の場合は予めどこに入るかを決めておいて、
食事時間を少し早めに設定したほうが時間を有効に使えます。


     昼食


うまくいきました。ミニしらす丼も麦とろ丼もお蕎麦も good

若宮大路、段葛を歩いて - 鶴岡八幡宮



     鶴岡八幡宮


                    八幡宮

     


     大銀杏はない

その昔 三代将軍 源 実朝はこの階段の横にあった銀杏の木に隠れていた甥の
公暁に暗殺されたと伝わる。


樹齢 約1000年、高さ30m、周囲7m にもなっていた大木 大銀杏が、2010年
大風で倒れてしまったのです。


倒れた木を切って立てた株が、さらに左手に植えてありました。

     がんばれ大銀杏


鶴岡八幡宮の大銀杏、実朝の化身のように嘗ては堂々とそびえ立っていましたのに、
このように無惨な姿になってしまったとは・・。

傍らに移植された切り株も屍のようで、なんと言ったらいいのでしょうか、この光景
には、胸に迫るものがあります。

「百人一首」にある「世の中は 常にもがもな 渚こぐ あまのお舟の 綱手かなしも
に伺えるあの時代の実朝が思われて、世の無常さを目の当たりにしたようでした。

切り株に新らしい子孫が芽生えていました。たくましい生命力に勇気もらいました。

                                 (HASIZUME)




-「とはずがたり」にある二条が歩いた道へ-二階堂と呼ばれる一帯

源頼朝墓、荏柄天神社


     二階堂をゆく

                         十二階堂を行く

八幡宮境内からこのあたりでは鶯が鳴いて、まるで私たちの後を追ってついて来ている
ようでした。

二条が訪れたころの鎌倉はもっと色々な鳥がないていたのでしょうか。最近、我が家では
カッコウの鳴くこえをよく耳にしますけれど・・・。(YUUKO)




荏柄天神 - 創建は長治元年(1104)と、鎌倉幕府より早い。


こち吹かば にほひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春を忘るな

境内には、菅原道真公が愛したウメが100本以上植えられていて、

大銀杏の木もあります。荏柄の大銀杏


                           
天神社・梅の笊
                梅の実を採るための準備が始まっていました。





小町殿の屋敷があった小町通りへ   発見! 

再び鎌倉八幡宮前に戻り、段葛を横切って小町通りへ抜けようとしたときのことです。
小路に入って、行き止まりかと思ったら、

二条が鎌倉に滞在した頃の重臣屋敷跡が略図で示されています。


意外な発見



             重臣屋敷図

後深草天皇やその皇子久明親王の名がありました。

正応2(1289)年10月25日に、二条はこの久明(ひさあきら)親王が鎌倉へ
新将軍として下ってきたのをここで迎えています。

いよいよ将軍がお着きの日になりますと、若宮小路は場所もないくらい混み合って
います。

足柄の関までお迎えの人々のうちの先陣は、早くも通り過ぎたということで、二、
三十騎、四、五十騎と、早くもここへ差しかかられるということで、召次ふうの姿に
直垂(ひたたれ)を着た小舎人(こどねり)が二十人ばかり走ってきました

                      〔『とはずがたり」巻四より〕


ふぅ~、当時京の都から鎌倉まで、大変なことだったでしょうねぇ。


小町通りは平日にもかかわらず多くの人で賑わっています。ちょっとその前に甘味処か
coffee shopで一休みしたいと、 再び小路に戻って探しました。
 

全員お入りいただく席が空いてないのでと断られたお店から紹介された喫茶店。

喫茶店コーヒー
ここ裏口なんだそうです。
                                  ケーキ 
コーヒーも手作りケーキも美味しい!(食べるのとお喋りに夢中で、写真撮るの忘れた)



小町通りの店      はがき
               

小町通りではゆっくりお買い物する時間はありませんでしたが、一通り情報はチェック
しまして、予定通りの時間で帰路に着きました。


6月の下旬にもかかわらず、心配していた天候にも恵まれました。
爽やかな風さえ感じられる日帰りツア-日和でしたね。(KEIKO)
   


「私たちのヒロイン二条がこの地を歩いたと思うと感動を覚えました。
“険しかったでしょうに、あの時代の女性の旅は・・”と、昔に思いを馳せながらの
 鎌倉散策でした。今後の『とはずがたり』を歩く-紀行が楽しみです。(SATOu)



                                 旅がえるさんスタンプ







プロフィール

Keiko

Author:Keiko
写真:【 唱歌:「案山子」の立つ見沼氷川公園】

こんにちは! 日本古典文学
研究に従事しているものです。
子育てがほぼ終了という頃に
大学院に入学、現在は 古典
文学講座の講師をしています。

こちらには 自然と文化と歴史
を感じながら‘知るを楽しむ’
日常を記しています。         
     

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