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河津桜



<緑区井沼方公園の河津桜>

公園の桜が満開です。日曜日の午後、子連れでの花見の人たちで
にぎわっていました。 屋外で飲食なしの行楽、こんな「花見」ならば、
緊急事態宣言下でも、いいんじゃないでしょうか。

カワズザクラは、ソメイヨシノより色が濃くて華やかです。色合いだけ
で言えば、どちらかといいうと八重桜に近いように思われます。



「百人一首」の中で、桜花が詠まれている歌は4首ありますが、その中
で「八重桜」は、61番の

いにしへの奈良の都の八重桜今日九重ににほひぬるかな
<イニシエノナラノミヤコノヤエザクラキョウココノエニニオイヌルカナ>
               伊勢大輔(いせのたいふ)  [『詞花集』春(二九)]
昔の古い都奈良に、美しく咲いていた八重桜が、今日は九重の宮中に、
 みごとに咲きほこっています



昔、公式の場で詠まれる歌は、「晴(はれ)の歌」といい、荘重な作品が
要求されました。
「伊勢大輔集」(個人歌集)の詞書(ことばがき)によりますと、新参者の
作者が、古都奈良から奉られた桜を受け取る役目を紫式部から譲られ、

藤原道長からはその場にふさわしい和歌を詠むようにと言われたときの
即吟の歌だとあります。

その舞台にふさわしい叙情性あふれる歌と評判高く、勅撰集にも採られ
た作品。


獅子舞 が伝わる 鷲神社


<さいたま市緑区南部領辻の鷲神社>

5月と10月にこの神社で舞われる獅子舞は市の無形民俗文化財に指定されてい
ます。 その歴史を辿ると、

平安時代後期、源義家(通称 八幡太郎)が奥州攻めに向かった際に、弟である源
義光(通称 新羅三郎)もまた都(京都)から後を追って陸奥に向かった。


義光は、この地までやって来たとき、兵士の士気を鼓舞するために獅子舞を舞った
といいます。 今もこの神社で舞われる獅子舞は源氏伝来のものということになりま
すね。
ちなみに、源義家(兄の方)の4代目が源頼朝で、鎌倉幕府を開いた人になります。



さて、「百人一首」歌人100人の中に、同じ時代に生きた歌人 能因法師がいます。
彼の和歌に、 「みちのくに向かった時に、」とする次の和歌があります。

都をば 霞とともに 立ちしかど 秋風ぞ吹く 白川の関
都を霞が立つ春に出立したのだが、長々と旅をしてやっと白河の関に着いた
 ときにはもう秋風がふいていることだよ


というもので、白河の関は謂わば陸奥への入り口でもありました。能因法師の歌
は漂白の歌人風に詠んだもので、勿論 戦いに向かったというのではありません。

この和歌が実体験から生まれた歌だとしたら、能因法師もここ武蔵の国あた
りを通ったことになるのですが、どうもそうではないようです。

実はこの歌、都に居ながら、旅をしたふりをして詠んだものだとか。
法師は、誰にもしられぬように家の中に籠っていて、しかも信憑性があるように
日焼けまでしたあとに、この和歌を披露したという話まで伝わっているのです。

それならここらあたりを通ることはなかったということですね。 (゚д゚)


その能因法師の 「百人一首」に採られた和歌は、69番にあります。

嵐吹く 三室の山の もみじ葉は 龍田の川の 錦なりけり
                    能因法師 
激しい山風が吹きあらす三室山のもみじの葉は、龍田川の水面に散り敷いて、
 川があたかも錦織りの布であるかのように鮮やかで美しいことだよ





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稲 の 番人



<見沼氷川公園に立つ案山子>

この地で生まれ育った 作詞者の武笠三が, この周辺の「見沼たんぼ」に立つかかしを
歌ったものが、あの唱歌「かかし」であるところから、この公園にたてられている。

案山子
山田の中の 一本足の案山子
天気のよいのに 蓑笠つけて
朝から晩まで ただ立ちどおし
歩けないのか 山田の案山子

案山子の下に刻まれた歌詞を知らない人、歌えない人が多くなっているようだ。



稲を守る役目を担う といえば「百人一首」の歌に、

 秋の田の かりほのいほの とま(苫)をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ

がある。 とはいえ、この歌の作者は天智天皇だ。                       

秋の田のかたわらにある粗末な仮小屋は、屋根の菰の編み方が粗いので、
 番をする私の袖は夜露にぬれるばかりであるよ。
) 稲の番をするのは天皇?


一説に、もともと『万葉集』の作者不明(よみ人知らず)歌をもとにして、農夫の辛さを
思いやった天智天皇の歌とされて、平安初期に流布した歌という。

農作業のつらさという実感は薄く、晩秋のわびしい静寂さをとらえた歌になっている。

秋田刈る 仮庵を作り 我が居れば 衣手寒く 露ぞ置きにける  {万葉集]

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花ぞむかしの・・ 梅の花

梅の花咲く


<梅林堂の紅梅>


こんな時季だったのでしょう、
久し振りにあのお方にお逢いしたのは・・
(長谷寺近くの宿の主か?といわれています。)


35 人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける
                      紀 貫之  [『古今集』春上(四二)]

あなたは、さあ心変わりをされたのかどうか、そのお心のほどは分かりません。
 昔なじみのこの里では梅の花だけが昔のままの香りで咲き匂っていますね。



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「とわずがたり」の会 ー 第1回 歴史散策ー

従来の通年講座(「とはずがたり」)では鎌倉散策をおこなっていました。

新しく発足した<「とはすかたり」を読む会>では、まず身近なところから
歴史散策候補地をあげて、提案していただいた方を中心に“お出かけ”
をしていくことになりました。

 
第1回  「日帰り忍城とさきたま古墳群散策」 

      案内パンフレット (640x480)

 Tさんにお世話いただき、順調に見学地を巡ることができました。


      古墳群見学 (480x640)

     丸墓山古墳 → 稲荷山古墳 → さきたま史跡の博物館 見学
                          (上 クリックで)

      古墳の上から (640x480)

      雨天覚悟で出掛けてきたのですが、天候にも恵まれて、

      コスモスと古墳 (467x490)

      古代の郷に秋を感じながら、

新型コロナウイルス感染症拡大防止対策がとられている館内を見学しました。



埼玉県の名の発祥地でもある「さきたま」。

「行田市郷土博物館」(忍城・おしじょう)内に掲示紹介されていた和歌です。
 (上 クリックで)


佐吉多萬能 津尓乎流布祢乃 可是乎伊多美 都奈波多由登毛 許登奈多延曽祢
さきたまの つにをるふねの かぜをいたみ つなはたゆとも ことなたえそね>


埼玉(さきたま)の郷(さと)の船着き場に繋がれている船が風が激しく吹くために
強い風を受けてつなぎ止めている綱が切れてしまうようなことがあったとしても
ふたりをつなぎ止める言葉は決して絶やさないようにね。

                
                              『万葉集』十四巻 3380


「秋」が来て -中秋の名月-

「百人一首」 79

  秋風に たなびく雲の 絶え間より
              もれ出づる月の 影のさやけさ

<アキカゼニタナビククモノタエマヨリモレイズルツキノカゲノサヤケサ>
               左京大夫顕輔 [『新古今集』秋上(四一三)]

秋風に吹かれ、たなびく雲の切れ目から、さっともれ出た月の光は、
 なんと明るく澄み切っていることだ。



・たなびく →   横に長く引いている。「た」は接頭語と考えてもよい。
・絶え間より→  「絶え間」は、切れ間。雲がとぎれた隙間から。
・もれ出づる→  「もる」と「出づ」で「もれ出づ」。漏れ出て見えるのは月の光。
・月の影  →   月の光。「」はのこと。
・さやけさ →   「さやけし」の名詞化した形が「さやけさ」。明るく澄み切っていること。


この和歌には秋風にたなびく雲間からもれる澄んだ月の光の感動と、秋の夜の情趣が
  平明に格調高く詠み上げられています。

  
こんな

   月

     これは、今年新暦10月1日 中秋の名月です。
     惜しむらくは、たなびく雲が見られないことでしょうか。

  




<蛇足>

「秋」という言葉の由来

先日の新聞コラムで知ったのですが、秋という言葉の由来は諸説あるそうです。
一つは草木の葉が秋になると「紅く」なるところからアカがアキに転じたというもの。
二つめは穀物をたくさん収穫して「飽き足る」ことから。もう一つに刈り取られた田
が「空き」になるからアキという説もあるそうです。

いずれも (なるほど、そうかも) と思わせるものがあって興味深かく読みました。

稲田IMG_0464.jpg
 



連日の猛暑日と新型コロナの感染予防のため、不要の外出を控え、ひたすら室内で耐え忍
ぶような夏が終わりました。待ちに待った「」の到来でした。今年の秋に私たちは決して飽き
ることはないでしょう。


「百人一首」 3首目は 「恋」の歌

「百人一首」  3

あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の 長々し夜を ひとりかも寝む
<アシビキノヤマドリノオノシダリオノナガナガシヨヲヒトリカモネン> 
                    柿本人麻呂[『拾遺集』恋三(七七八)]

山鳥の長く垂れ下がった尾のように、長い長いこの秋の夜を、私はひとり
 寂しく寝ることになるのであろうかなぁ




実は前回「さねかずら」の花を話題に引きましたのは、まず25首目のさ
ねかずら和歌に触れてから、

名にしおはば 逢坂山の さねかづら 人に知られで くるよしもがな
                   三条右大臣 [『後撰集』恋三(七〇〇)]

同じ「恋」(勅撰集の部立てによる)として「百人一首」3首目の上記 山鳥
の和歌 をご紹介しようと考えたからでした。かえってややこしいですね。


山鳥の和歌に戻りますと、
山鳥は雄鳥と雌鳥が離れて休むと当時は考えられていまして、恋しい人
と離れて寝る寂しさ、愛しさを強めているのです。

  IMG_20200907_0001.jpg

 ・あしびきの→ 「山」にかかる枕詞(まくらことば)。
 ・山鳥 → キジ科の野鳥。夜は雄と雌が別れ別れに谷をへだてて寝るという。
 ・しだり尾の→長くたれさがっている尾の。 尾が長いのは雄。 
          ここまで序詞(じょことば)。

*ひとりも寝 → 「か」は疑問の係助 詞。「も」は詠嘆、「む」は推量の助動詞。
              「か」と「む」で 「係り結び」。 寝るのであろうか


見るからに長い山鳥の尾は、秋の夜の長さをも連想させ、「の」 の繰り返しでな
めらかなリズムがうまれている。

蔓を繰って愛しい人のもとへ逢いにいかずにはいられないという情熱的な25首
目の「恋」とはちがう優美な情感を漂わせている歌です。

「恋」を軸にして、直感的にこの2首を結びつけてみたのですが、

実は、さねかずらの花をご紹介した記事に次のようなコメントをいただきました。

『万葉集』巻13(3281)に「さなかずら後もあはむと大船の思ひたのめど……」という
長歌があって、
その反歌 (3282)「……君来まさずは ひとりかも寝む」です。人麻呂歌集の「あしひき
の山鳥の尾の……ひとりかも寝む」につながって興味深い。 その後代の言い方「さねかずら」
かなあ~なんて思うと、とてもすてきな花です。


万葉集
3281 長歌(チョウカ)
 我が背子(セコ)は 待てど来まさず 雁が音(ネ)も とよみて寒し ぬばたまの
 夜も更けにけり さ夜更くと・・

反歌(ハンカ)
 衣手に 山おろし吹きて 寒き夜を 君来まさずは ひとりかも寝む

ですね。 ありがとうございました。



なお、「「百人一首」でこの歌の作者は 柿本人麿とされていますが、原歌は
詠み人知らず(作者不明)で、
平安時代になると歌聖と称された柿本人麿の代表作として定着した歌です。


さねかずら に 花が!


   IMG_0426.jpg

この猛暑つづきの夏を乗り越えて、我が家のさねかずらが初めて
の花をつけました。 挿し芽で根づいてから3年目になります。

こうしてアップで撮ると愛らしい花に見えますけれど、実物はちいさ
くて色もそれほど鮮やかには見えない地味花。よ~く注意して探さ
ないと見落としてしまいそうな花です。

目立って目を引くのは何と言っても、あの赤い実です。 万葉時代か
ら和歌に引かれてきたさねかずらが我が家の庭で見られるとは何と
楽しみなことか! うまく結実した姿をお見せ出来ますように。(*^_^*)


季節の移ろい 「百人一首」 2

秋の到来を感覚で捉えて詠んだ歌として、

秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる
藤原敏行(『古今和歌集』秋歌上169)
(あっ、秋が来た とはっきり目にみえたわけではないけれど、風の音に
秋の到来を感じられたたことだよ
)

があります。


今年8月末の夕暮れ時に、まさにこの歌のような感覚を味わうことが
できました。
昼間部屋に籠もった室温よりも外の空気の方が涼しいと感じられたの
は、この夏始まって以来のこと、秋の到来を風に感じた日でした。


ふと見ると、庭のかた隅に植えていた「鷹の爪」が赤くなっていて、見上
げた空の雲にも変化が感じられたのは、あの風のせいかもしれません。

 鷹の爪kumo.jpg



秋に台風がやってくるのは怖いけれど、8月の31日の間で30度を超え
なかった日はたった1日だったというこの夏。熱中症で命を落とす人も多
くなりました。我々は、昔の人には想像もつかない夏を過ごさねばならな
いのです。


にもかかわらず昔の人の、季節の到来を捉える感覚には共感できるもの
があって、毎年季節の到来を詠んだ歌に心を重ねて現代の季節を感じ取
ることを楽しんでいところもあると思うのです。



百人一首」2首目、春の到来を視覚でとらえた歌として読んでみましょう。

春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香具山
<ハルスギテ ナツキニケラシ シロタエノ コロモホスチョウ アマノカグヤマ>
                       持統天皇 [『新古今集』夏(一七五)]
 (春が過ぎて、もう夏がやって来たらしい。夏になると真っ白な衣を天の
  香具山の山裾に干すということだよ



『万葉集』には
「春過ぎて夏来たるらし白妙の衣ほしたり天の香具山」(巻一・二八)
とあります。

これが
『新古今集』(鎌倉時代)になると「たり」が「てふ」に代わっているの
です。いつ誰が変えたのでしょう。

万葉歌が「干している」と実景として詠んでいるのに対して、こちらは
ゆったりとやわらかな表現に変わっっているのと同時に伝承的要素
までも取り込んでいるかのようです。

香具山の緑に真っ白な布が新鮮。いっそうの新緑を際だたせて春の
到来を思わせています。


「百人一首」 1 秋の田の

   紫の花



8月もあと3日でおわりなのですが、今日も相変わらずの猛暑日で
した。

毎日家に居て一日中クーラーを利かせ、やっと日を暮らしている状
態です。


ところが、先週あたりから夕方から夜になると盛んに虫の音が聞こえ
るようになりました。

心なしか強烈な日差しの中にも、わずかに秋を感じるのは、私の妄想、
いや、願望からなのかもしれません。


9月になってもこの暑さは続くとの長期天気予報に、もううんざりです。
でも、確実に秋は近づいているのです。 そう、実りの「秋」です。




  IMG_8384.jpg
  

1 秋の田の かりほのいほ(庵)の とま(苫)をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ
                       天智天皇 [後撰集・巻六秋中(三〇二)]
秋の田のかたわらにある粗末な仮小屋は、屋根の菰の編み方が
粗いので、番をする私の袖は夜露にぬれるばかりであるよ



刈り取った稲を入れた仮小屋に居て一晩番をする作者の姿が想い浮かびます。

作者は天智天皇とされています。
「えっ!天智天皇ってご苦労なさった方だったのね」との感想を漏らされた方が
いらっしゃいましたが、そうではないようです。

一説に、

これはもともと『万葉集』の作者不明歌(よみ人知らず)をもとに、農夫の辛さを
思いやった天智天皇の歌として、平安初期に流布した歌だと伝えられている。

農作業のつらさという実感は薄く、晩秋のわびしい静寂さをとらえた歌として受
け止められ、伝えられたのではないだろうか。

秋田刈る 仮庵を作り 我が居れば 衣手寒く 露ぞ置きにける [『万葉集』]
(巻十・二一七八)


我が家の さ ね か ず ら


挿し芽から育てた我が家の「さねかずら(ビナンカズラ)」です。


   さねかずら




今はもう刈り取られて、その姿を見ることができない 元の「さねかずら」は、


   さねかずらの実

2017年、見沼田んぼの散歩道でみつけた「さねかずら」。 赤い可憐な実
に魅せられて、小枝を数本いただき、挿し芽で育てたのが、我が家の「さね
かずら」なのです。


さねかずらのさし芽 2018年のさねかずら





名にしおはば 逢坂山の さねかづら 人に知られで くるよしもがな
                   三条右大臣 [『後撰集』恋三(七〇〇)]
「逢って寝る」という名を持つ逢坂山のさねかずら、その名のとおり
 ならば蔓をたぐり寄せるように、人知れず君のもとへ来る方法が
 あればよいのになあ。



『後撰集』の詞書には「女につかはしける」とあり、「人にしられで」とある
ので、人目を忍ぶ恋だったのでしょう。


・さねかづら→ モクレン科のつる草。「さ寝(共寝)」との掛詞。
      「さ寝」の「さ」は接頭語で男女が共寝すること。
    
・くるよしもがな→ 「くる」は「来る」と「繰る(たぐりよせる)」との掛詞。


「百人一首」講座 は終了となりました。

オープンカレッジ -大学で学べる生涯学習講座-

で担当しておりました古典文学座がすべて中止となりました。

よくわかる「百人一首」の世界ー和歌から古典の世界をひもとくー

につきましては、春期講座が実施できなかった内容で秋期講座を行う予定でした。
しかし新型コロナ感染状況を鑑み、大学構内に学生を入れない形での授業を続け
なければならなくなりました。

獨協大学で11年続いて開講させていただいた「百人一首」講座につきましては、こ
のような事情により今期和歌も20首を残したままで終了となりました。


    image0.jpeg

見沼田んぼ 西べりに咲いていたヤブカンゾウ(萱草)です。

毎日雨が続いた7月でした。7月の声を聞くと咲いた姿を草叢の中に見ることが
出来たはずだと気にはなっていたのですが、個人的諸事情によりでかけることも
出来ないでいました。

7月も終わるころになって、ひとり出かけてみますと、2、3輪が明るく咲いて私の
来るのを待っていてくれたかのようでした。

   かんぞう(わすれぐさ)

  忘れ草 吾が紐につく 香具山の ふりにし里を 忘れむがため

                     大友旅人(「万葉集」334)

「百人一首」82 平安時代の高齢者 活躍

3月3日のひな祭り
今日は朝から春の陽気です。

雪割草

今日の 雪割草

昨年夏の猛暑日に長期家を空けなければならないことがあって、
適切に管理できなかった雪割草です。

それでもズタズタ(?)の葉の下から、次々と花が可愛い顔を見せて
くれるようになりました。

生きていてくれて、よかった!!



百人一首」82

思ひわび さても命は あるものを 憂きにたへぬは 涙なりけり
<オモイワビサテモイノチワアルモノヲウキニタエヌワナミダナリケリ>                       
          道因法師(どういんほうし) [『千載集』恋三(八一八)]

恋に思い悩んで、それでもまあ命だけは今までつないでいるのに、
 つらさに耐えきれないでこぼれ落ちるのは涙であったことだ。


これは恋の歌である。ままならぬ恋のつらさ苦しさが「命」と「涙」に対比
させて詠まれる。 つれない人をひたすら思い続けるけれど、かなうこと
のない恋のつらさ苦しさに、今は生きる気力さえ失った。

こんな状況のなかであっても命は堪えて生きているけれど、私の涙は堪
えられなくて独りでに流れ落ちてしまうのだ。 自らの意思ではどうしても
制御できない涙はつらさに堪えられない心を象徴している。

命を掛けることが思いの深さを示すとされた恋においては、涙を流しなが
らも生きながらえている自分は嘆きの対象ともなるのだろう。


一方で、この歌は恋に仮託して、作者の人生そのものに対する述懐の歌
とみる見方もある。

作者、道因法師の俗名は藤原敦頼。 82歳を過ぎてから出家し、90歳を
過ぎて耳が遠くなっても熱心に歌会に出席しては歌の勉強をしていたなど、
数々の逸話(鴨長明『無名抄』など)が伝わる歌人である。


「思ひわび」のこの歌、それまで藤原定家によって秀歌として採られる
ことはなかった( 『八代抄』 には他の歌が)。なのに、なぜ「百人一首」
では道因法師の代表歌がこの歌なのかと疑問視されることもあるようだ。

もしかしたら「百人一首」和歌を撰ぶ時点で高齢になっていた藤原定家
(当時74歳)は、それまでとは異なり 作者の生き方も含めてこの和歌を
人生述懐の歌とも観じて愛着を覚え、この一首を採用したのではないか
と推測するのはあまりに短絡すぎるであろうか。


     エゾツバキ

   <エゾツバキは今年も元気に花をつけている>

北海道に新型コロナウイルス緊急事態宣言

  IMG_0089 (480x640)
    <ああちゃんの好きなクリスマスローズ>


北海道で新型コロナウイルス緊急事態宣言が出された。
義母は昨年5月より定期的に大きな病院に通院し治療を
受けている身だ。この2月には家人が函館に手助けに行
く予定だったけれど、当の義母から「こちらへ来る必要は
全くないから」と、訪函禁止令が出された。


病院は出入りできる入り口を1箇所のみとし、患者以外は、
例え付き添い家族であっても玄関前までで、決して中には
入れないそうだ。 1日入院して治療を受ける日もあったけ
れど、入院に必要なものは全てレンタル可能で、前もって
用紙に記入するだけで済ませることが出来た。


週2日お願いしているヘルパーさんは、厳重なコロナ対策を
して訪問してくれている。高齢者の家を回るのでより慎重に
準備して訪問しなければならない。


そのヘルパーさんのお話では、
「こんなにコロナ感染騒ぎになっているにもかかわらず函館
の市場には以前と変わらず多くの観光客が来ているのには
驚いた。恐れもしないでやって来ているのは、本州からじゃ
なくて、相変わらず海外からの観光客ではないだろうか。


今、学校は閉鎖となっているが、元気の良い子どもたちはい
つまでも家の中に閉じこもってばかりはいられないだろう。
そのうち街に出たりすると、学校に行っているのよりも感染が
心配だ」 ということだった。

見えないものだけにどこにどう潜んでいるのか分からず恐い。


  IMG_0090 (398x514)

「百人一首」 81番


春一番が吹いて、梅の花びらが風に舞うのが目立つようになりました。
今日は久しぶりに見沼田んぼに出掛けて、早春の風景を見てきました。
代用水沿いの梅の花が散り、水の少なくなっている水面を彩っています。


  見沼の桜

さて、先日獨協大学オープンカレッジ講座案内(パンフレット)の配布が
始まったとの連絡をいただきました。 そこで、この閉じこもりの日々に、
春期講座「百人一首」で読む和歌を、順次ここにご紹介していくのもよい
かなと思いつきました。 興味をお持ちの方はお付き合いください。



百人一首」81

  ほととぎす 鳴きつる方を ながむれば ただありあけの 月ぞ残れる
<ホトトギス ナキツルカタヲナガムレバ タダアリアケノ ツキゾノコレル>                  
    
  後徳大寺左大臣(ごとくだいじのさだいじん) [『千載集』夏(一六一)]

ほととぎすの今鳴いた方角の空を眺めてみると、(ほととぎすの姿はすで
  になくて)ただ明け方の月だけが残っていることだ


ホトトギスは夏を告げる鳥、ツバメと同じで暖かくなるとやってきて、秋
になると帰っていく渡り鳥です。

  ほととぎす



王朝の人々は夜明け前のまだ暗い時分にホトトギスの第一声を聞くこ
とこそが風流だとしてそれを希求したのです。
ホトトギスの鳴く瞬間をとらえた表現には声を聞くことが出来た喜びが
あり、視覚でとらえたのは月の美しさ、聴覚から視覚へと鮮やかに転換
されると共に相乗効果でそれぞれのすばらしさが強調されています。


『千載和歌集』にある詞書には、「暁聞郭公といへる心をよみ侍ける」と
あり、題詠であったとわかります。暁にホトトギスを聞くために夜通し起
きていて最初の一声を聞くことを風流とする習慣が前提となっているの
です。


そろりそろりと参ろうか

 
  河津桜

そろそろ河津桜の開花じゃないだろうかと、車で出かけた駐車場から、
そろりそろり歩いて、桜の公園へと向かいました。なるべく腰に負担を
かけないようにと。


2、3日前のことです。灯油タンクを移動するのに斜め前からヒョイと持
ち上げた途端ギクッと腰に鈍い痛みが走りました。しまった!と思った
時にはすでに遅し。
重いものは身体に近づけて、「よいしょ」と声に出して持ち上げるように
と言われていたのにね〜(後悔の涙)


連日新型コロナウイルス罹患者についてのニュースが流れています。
人数は日ごとに増し、地域も広がりつつあります。不要不急の外出は
出来るだけ避け、特に高齢者で疾患のある人は人混みには行かない
ようにとの注意が促されています。


各自で防ぐことといえばこまめな手荒いとマスク着用でしょうか。 その
マスクも除菌アルコール洗浄液も私の近くのドラッグストアやコンビニ
では相変わらず置かれてはいません。
この先、3月、4月がピークとなるだろうという専門家の予想に不安は募
るばかりです。


だからといって暗い気持ちで家の中に閉じこもっているばかりいる訳に
はいきません。
さて、今私のやっておかなければならないことは何だったかな。 身体の
免疫力とともに心のそれも高めるべく、腰をさすりながら、そろりそろりと
行動しているところです。


梅に ・・・うぐいす?

 
 梅にメジロ (480x640)

3月下旬並みの気温が2,3日あって、
我が家の梅 “思いのまま”が満開になりました。

つがいの小鳥がやってきて、首をかしげたしぐさで蜜を吸い
警戒したようすを見せながら枝から枝へと飛び移っています。

ああ、これこそ春の到来 梅に鶯 と見たいところですが・・
実はこの小鳥、ウグイスではなくてメジロ

色といい、その姿といい、梅の木によく似合うメジロを、
これがウグイスだと思われて絵に描かれてきたという、
そんな話が納得できるきょうの 梅に鶯 ではなく 梅にメジロ でした。


 思いのまま (414x596)
   近所の庭に咲く 花梅 “思いのまま”

           
2020年度講座 「天皇に愛された女の物語」
     ー『とはずがたり』巻四・最終章ー    

         
        うえをクリックで
        現代語訳を始めました。


縄文時代の暮らし

埼玉県立 歴史と民俗の博物館


  案内板 (412x472)
企画展 「縄文時代のたべもの事情」に行ってきました。


一昨年の夏に青森の三内丸山遺跡の見学によって、縄文人の暮らしぶり
を知り驚かされました。

大きな集落を形成し、食べ物の採取だけではなく栽培まで行い、狩猟、舟
を使って魚を捕るなど、豊かな食生活であったことを、具体的に知ることが
できたからです。

再現された住居、生活道具の土器を目のあたりにすると当時の集落、家族
の人間模様まで垣間見たようなそんな気分になったものです。



同じように、埼玉にも多くの縄文遺跡あることを知り、発掘された多くの展示
物から当地の縄文時代生活事情を知ることができました。


  地形 (353x396)

今は海のない埼玉ですが、縄文時代の埼玉は海辺ですね。なるほど沢山の
貝塚があるはずだと思いました。


  弥生時代住居 (472x492)
大宮公園内遺跡の住居跡に、弥生時代の住居が復元されています。
博物館の門を入ったすぐ右手です。常設なのですが、今回の企画展にあって
いました。

16日(日)が最終日となります。この日は学芸員の方の解説があるそうです。

学芸員による展示解説
   1月12日(日)、26日(日)、2月2日(日)、16日(日)
    ※いずれも13:30~14:00(事前申込不要)




月 と 西行

バルコニーに置いていたオリヅルラン、気が付けば葉の一部が黒づみ、
溶けたようになっていました。深くひさしもかかっている場所だし、今年は
サボテンの隣で冬越し出来そう と油断していたせいです。

この2、3日は冷え込み、かなり低い気温になっていたということでしょう。

   乱れ蘭 (480x640)



昨夜、撮った月です。

   冬月 (480x640)

写真ではまるで春の朧月のようですが、言うまでもなく外は寒くて、鑑賞など
していようものなら、我が家のオリヅルランと同じ運命をたどることになったで
しょう。



月を眺めて物思いにふける というのならば、やはり月は、「秋の月」ではない
でしょうか。 「百人一首」86
嘆けとて月やは物を思はするかこち顔なるわが涙かな
                    
                 西行法師 [『千載集』恋五(九二九)]

「嘆け」と言って、月が私に物思いをさせるのであろうか、いやそうではない。
恋の物思いを月のせいであるかように、恨みがましい様子でこぼれ落ちる私
の涙であるよ


月を眺めていると、なぜか涙がこぼれてきた。涙のわけは恋うこころの切なさだ。
自分でも分かっているけれど、そうだとはっきり認めたくはない。涙が勝手にこぼ
れてくるのは、「月のせい」。「月」が知らず知らずのうちに物思いをさせてしまうの
だと思いたい自分がいます。


『千載和歌集』には詞書きがあります。「月前恋といへる心をよめる」。この和歌は
題詠歌なのです。
 若くして突然出家した作者西行の人生を思い、高貴な女性へのかなわぬ恋心を
この歌に当てて合点しがちです。が、修業の身でふと見上げた月に、知らず知らず
物思いをさせられてしまったとする解釈もよいのではないでしょうか。



「百人一首」23 
月みれば ちぢにものこそ 悲しけれ わが身一つの 秋にはあらねど
                      大江千里 [『古今集』秋上(一九三)]
月を眺めているとさまざまに物ごとが悲しく感じられることだ。私一人のためにやっ
 てきた秋ではないのだけれど


と詠まれるように、秋の月は悲哀を催させるようです。



   オリヅルラン (480x640)
傷んだ葉をカット修正、再起を目指します ∠( ^ o ^ ┐)┐


初氷


東京では今年初めての氷が観測されたということです。

今日は冬一番の冷え込みとなりましたが、冬の厳しい寒さをそれほど
感じることなくて立春を迎えてしまったからでしょうか、春を請う思いが、
例年より弱いように思われます。


『古今和歌集』 春歌上

  春たちける日よめる(立春の日に詠んだ歌

袖ひちて むすびし水の こほれるを 春立つけふの 風やとくらむ
                        紀貫之(きのつらゆき)
暑かった夏の日に、袖の濡れるのもいとわず、手ですくって楽しんだ
山の清流、その水が冬の寒さで凍りついているのを、春立つ今日の
風が、今頃解かしていることだろう




獨協大学 オープンカレッジ 春からの講座案内

  パンフ 
 
     クリックしてご覧ください。


講座

講座案内パンフレット請求 (無料) 2月下旬より順次発送されます。 
 
     電話 048-946-1678  



節分

202002031616401f8.jpeg


2月3日、節分の今日各地各所で節分祭が行われています。今晩は、特に小さいお子さんがおられるご家庭からは豆まきの声が聞こえてくることでしょう。

            赤鬼、豆 (394x394)

もともと節分とは、季節の改まる(立春、立夏、立秋、立冬など)前日のことを言うものですが、しだいに立春の前日だけを指すようになりました。




節分豆まきの行事は、いつごろから行われてきたのでしょうか。起源はどうやら平安時代の宮中行事である「追儺(ついな)」のようです。


邪鬼や疫病などを打ち払うというので、鬼の面をかぶった人を、桃の木で作った弓矢で追い払うもの。「鬼やらい」ともいいました。

    追な (640x373)
     「公事十二ヶ月絵巻」より (国語便覧 数研出版)

但し、追儺は大晦日の行事でした。が、旧暦では春が新年から始まるため、立春前日の節分に変わっていったものです。




また、このころにはもう魔除けの効果があるとされるヒイラギの枝と大豆の枝にイワシの頭を刺したものを門戸にかかげる魔除けの飾りもあったようです。
             イワシ (466x394)



「桃の矢」が「豆」になって「鬼」を追う「豆まき」の行事が定着したのは室町時代中期以降のことでした。そして、江戸時代になると、豆まきの行事は一般庶民の間にも広がっていったといいます。これはちょうど「小倉百人一首」が「かるた」として広く庶民の間に広まっていった経緯に似ているように、私には思われました。


節分という季節の変わり目は、鬼などの妖怪や悪霊が集まって疫病や災いをもたらすと考えられたため、鬼を打ち払おうという豆まき行事です。今年はまさに新型コロナウイルスによるインフルエンザを退治すべく、予防、対策、分析、抑制の豆をまきたいものです。

              青鬼 (517x640)         赤鬼 (556x640)

花ぞ昔の 香ににほひけり

蝋梅

蝋梅(ろうばい)の花は昨年末から開花し始めました。この花は花期
が長いようではあるのですが、それにしても今が盛りと言わんばかり
に咲き誇っています。


    八重寒梅

睦月になって一番に花開く梅の花は、この八重寒梅(うめかんばい)
でしょうか。

気温18度を超えた日に続いて、桜が咲く頃の陽気になった木曜日に
は、咲き出した梅の花をあちこちで見ることができました。



百人一首」35

人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける
                   紀 貫之  [『古今集』春上(四二)]
あなたは、さあ心変わりをされたのかどうか、そのお心のほどは分か
りません。昔なじみのこの里では梅の花だけが昔のままの香りで咲き
匂っていますね。



「花」といえば桜のことをいうのが多かった平安時代にも、『万葉集』の
時代のように、「花」が梅をいう例がみられます。この歌の場合は詞書
にも「梅の花」とあるので、「花」とは梅の花をいうものです。
もっとも、「香ににほひけり」というので桜ではないことは明らかですね。


人のこころの変わりやすさと、馴染みの梅の花の変わらぬさまを比較し
て宿の主の嫌み(心変わりをされたのでしょうか、最近お見限りですね
に切り返した歌です。


梅の花の枝に添えてこの歌を受け取った宿の主は、どうしたのでしょう。

花だにも 同じ心に 咲くものを 植ゑけむ人の 心知らなむ
梅の花でさえも同じさまで毎年咲くのですよ、ましてやその花を植えた
人の心も同じだと察してください。

と返しています。 


なるほど、お見事! 紀貫之その歌にまた返事をしたのでしょうか、知り
たいものですね。


見沼の龍


見沼の龍 (640x360)



見沼田んぼの東縁に、一匹の龍がいます。
この龍はエコエコの皆さんによってつくられたものです。
その地に生えている芒や葦、萱類でつくられました。


先週、私は孫娘と一緒に見沼田んぼを散歩しました。
彼女は大きな龍を見て大喜び 😄

「どうしてここにりゅうがいるの?」


今、彼女は「エルマーとりゅう」のお話を母親に読みきかせしてもらっているということです。
なので、童話の世界と重なって、よけいに興味が深かったのでしょう ♪(/・ω・)/ ♪



There was a dragon on Eastside of Minuma rice field. The dragon was made by straws and dry grasses.
I visited there with my granddaughter last week. She was surprised by the big dragon. She asked me why this dragon was here. I told her about the popular tradition about the dragon of Minuma.
This district used to be damaged by flood. People thought that floods were because of the dragon’s rage. They dedicated a man-made dragon and prayed to God.


お散歩ポシェットの完成

   20200123124239204[1] (480x640)



退職後から編み物を始めた家人。 函館滞在中も時に編んでいたようです。

昨年末で仕事に区切りをつけた義母が、それを見て 何年ぶりでしょうか、編み物を始めました。



こちらはプロ並みなので、あっという間に思い出して、いえ 身体が覚えていたようで、次々と編み上げていきます。

「根を詰めないようにね、身体に障るようだと困るから」
と言うと、

「大丈夫、そこは心得ているから。それにしても、あの子(家人のこと)には感謝してるわ、編み物の楽しさを思い出させてくれた。


1人でいる時は碌なこと考えないものだけれど、こうして手を動かしていると、楽しくてね、気持ちも落ち着くのよ」
と言いました。

家人には似ても似つかぬ編み物、鎖編みひとつ出来なかった3年前を思うと、よくまあ続いていると感心するばかりですが、
これってDNAかな とか思う 不器用な私です。

初富士

久しぶりに見沼田んぼの東縁を歩いた。大寒とは思えないほどの暖かい
冬日だ。 例年ならばこの時季になると雪景色になっていることが多い。

なので、

百人一首」31番
朝ぼらけ ありあけの月と 見るまでに 吉野の里に 降れる白雪
                      坂上是則(さかのうえのこれのり) 
(夜がほのかに明けるころ、明け方の月が照らしているのかと思うほどに、
この吉野の里に降り積もっている雪の明るさであるよ。


の歌を、ここの雪景色を借りてご紹介したものだった。
見沼田んぼに山はないけれど、縁沿いに連なる小高い林が、時として吉野
の山を思わせる。



ところが、今年の冬は未だ積もるような雪は降っていない。土手や畦道には
若草の緑が鮮やかで、春を思わせる風景だ。気温も12度ほどあって、3月
上旬 の気候だという。


メタセコイアの間から遠い富士山が見えていた。私にとっては今年の初冨士。
それでは、スマホで撮れるかどうか分からないけれど、今年はこちらの歌に
しておくことにしよう。


  富士山 (640x474)



百人一首」4番
田子の浦に うち出でて見れば 白妙の 富士の高嶺に 雪はふりつつ
                        山部赤人[『新古今集』冬]
田子の浦に出て見渡してみると、真っ白な富士の高い峰には、今も雪が
降り続いていることだよ。


この歌の五句目については『万葉集』の方の「雪は降りける」を採っておこう
かな、などと思ったものだ。


ニュースによると、今年の富士山はまだ裾野まで白くなっていないそうだ。
あわせて、袋田の滝(茨城)やワカサギ釣りをする池も凍っていないので冬の
風物詩がみられない、とか、もう蕗の薹が出ているところがあるとかの知らせ
に、急激に四季の風景が変わっていくようでなんだか不安な気持ちになった。


函館も「雪がない」という。一人帰函した義母にとっては大変助かる。私達も今
のところ手助けに行かなくても大丈夫なようである。


ねずみ
「ああちゃんに編んでもらったねずみちゃんのドレスよ」



ちょっとした旅気分




多くは歩けなくなった義母に、お出掛け気分を楽しんでもらうには・・と、思いついたのが

東北自動車道 PA(パーキングエリア)、 SA(サービスエリア)巡り。




たとえば、ここは 羽生 PA (上り)

町並み

これが高速道路にあるパーキングだなんて 思えないでしょう!
江戸時代の日光街道~奥州街道の現代版 だとか、


       わたしと


こういった処を巡れば、


食事


お食事も、お買い物もできて大満足の様子です。


一般道に降りたら 今度は「道の駅」 へ寄りました。


庄和

大凧を飾っている 「庄和 道の駅」

地産地消 農産物が豊富なだけでなく、全国各地からの加工品も多く取り寄せられて
いて、その品揃えに義母は感心することしきりです。 


ちょっとした旅気分を味わって、気分転換もできたようでした。 \(^o^)/



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松の内


 関西では、1月15日までが「松の内」というようです。
関東は1月7日までが「松の内」、松の内が過ぎるとす
べての正月飾りが取り外されます。

明日で全国すべての「松の内」が終わるということでしょ
うか。それにしても、近年はお正月の 門松やしめ縄など
の「門松」は各戸であまり見かけなくなりました。


年神さまの依り代である門松は、平安時代の宮廷儀礼で
ある「小松引き」がその由来といわれています。

「小松引き」とはその年最初の子の日(ねのひ)に、小さな
松の木を引いて帰ることにより長寿祈願をするものでした。


   小松引き (465x640)

  <京都で見かけた戸口の松飾り(根付きの小松)>

そして、中世以降 松に竹を添える場合が多くなったという
ことです。

門松 (640x640)

    <お店の門松(京都)>




「門松」の「松」は長寿のシンボルでもあります。

目出度いはずの長寿、ところが、長く生きたが為に、ふと
気づいたら、友がもう一人もいなくなってしまっていたと、
「松」を引き合いに出して老後の孤独を嘆く歌があります。


「百人一首」34

誰をかも 知る人にせむ 高砂の
<タレヲカモ シルヒトニセンタカサゴノ
                   松も昔の 友ならなくに
                マツモムカシノトモナラナクニ>   
        藤原興風 [『古今集』雑上(九〇九一)]

年をとった私はいったいだれを友人としようか。むかしを
知る長寿の高砂の松も、昔からの友ではないので。




作者の藤原興風(おきかぜ)は、三十六歌仙の一人。

藤原興風 (640x399)
<NHK「歴史秘話ヒストリア」放映 よりお借りしています。>


古今集時代の代表的な歌人で、名のある歌合わせなど
で活躍しています。管弦の才能にも恵まれていました。

長寿のシンボルである松を引き合いに、老後の孤独を嘆く
一首ではありますが、高齢の孤独をこんなにさらっと詠ん
だ歌に、悲哀というより、むしろ自らを客観的に、達観視して
いるようにさえ思えてしまうのは、私だけでしょうか。


ああちゃん、来るよ!

今度、子供達へのラインにいれるメッセージは、
「予定通りの日に、ああちゃんがこちらに来られることに
なったよ (^-^)/ 」 だ。


たった独りで迎える年越しは、あまりにさみしいだろうと、
年内最後の診察を受けたところで、こちらに来るようにと、
ああちゃん(義母)には薦めたけれど、

年内には最後のお稽古をして締めくくりたい。おまけに年
明けの診察予定日が一週間早くなったので、その際医師
の許可を得られたら、

ということになっていた。



その間は、いつもの携帯電話の定期便でお互いの日常を
伝えあっていたのだった。


  社殿

初詣はいつもの神社に行ったよ。喪中だから、一応いつ
ものお寺さんへの初詣は控えることにした。


  炎

毎年、こちらの神社への参拝者が増えている。境内に置か
れた標示板なども地元に根付いた、古い歴史ある神社の
雰囲気を壊さない程度に、整えられていくようだ。

巫女人形を納めて、あらたに巫女人形を買い求めたよ。
ああちゃんが来たときには、病気平癒祈願の人形をもう
一ついただきに行うね。

  凧揚げ

お正月、最後の日には集まった子供と孫たちみんなで凧
揚げをした。例の あの案山子公園だよ。
2歳になったばかりの HAくんが、負けずに駆け回ってた。



などなど、こちらからは、たわいもないおしゃべりばかり。

ああちゃんからの話には、慎重に心身の状態を判断しな
がら、興じてきた。



今年最初の診察で、旅行の許可はおりた。 その代わり、
今日の治療効果を確認したいので、函館に帰ったらその
足ですぐに病院へ来るように、とのことだったそうだ。

いつものタクシー運転手 S口さんに、新函館北斗の駅ま
での送迎は既に予約済み。
「だから、帰ったら、駅から病院までS口さんに送ってもら
うことにしたから大丈夫だよ」
と言う。


「わたしね、そちらに行くときにカシミヤのロングコートを
着て行こうかなと思ってるのよ」

「あら、それは素敵だけれど、こちらそんなに寒くないから」
と言ったら、

「だってね、こんな時しかもう着ることはないと思うのよ」
との返事。

昔からおしゃれが上手で、おしゃれ大好きなああちゃん。

 よし、それなら、わたしも一張羅のロングコートを着て、
ああちゃんからのプレゼントDIORのリップをつけて、新
幹線のホームまで、夫と二人で迎えに行くことにしよう。

と決めた。


七草かゆ


寒の入りとなり、今朝は気温も低くなりました。これから
大寒に向けて冷え込んでいくことでしょう。

とはいえ、人日の節句(一月七日)にしては暖かいので
は? 天気が崩れるとの予報でも、雪になるような冷え
込みようではありません。


庭にはハコベラ、スズナ(ペンペングサとも)、が顔をだ
しています。足を伸ばせば、ゴギョウ(母子草とも)、セリ、
ホトケノザ(タビラコとも)など「春の七草」が摘めそうデス。

はこべら


が、今年は市販されている「七草がゆセット」を使ってみ
ました。


春の七草


すべて七種、形良く揃っていて、きれいですね。


こんな春の野菜を篭にでも入れて贈られたとしたならば、
どんなにうれしいことでしょう。などと、思わず想像してみ
たくなります。 


百人一首」15
君がため 春の野に出でて 若菜つむ
<キミガタ メハルノノニイデテ ワカナツム                 
                  わが衣手に 雪は降りつつ
                ワガコロモデニユキワフリツツ>      
              光孝天皇[『古今集』春上(二一)]
あなたのために、初春の野に出て若菜を摘んでいる私の
衣の袖に、雪が次々と降りかかってくることですよ。
) 


早春の若菜は生命力の源とされています。若菜を贈る人
の健康と幸福を願いながら、雪の降る中を摘む姿が想像
される、優しく美しい歌です。天皇自ら摘んだかどうかは
別ですが。


光孝天皇は五十五歳で即位しています。とても聡明で人
に愛される人柄であり、風流をよくたしなむ方であったと
書物に残されています。

『古今和歌集』の詞書には
親王におましましける時に、人に若菜たまひける御歌
とあるので、まだ皇太子だった時、贈る若菜に添えた歌
であったと分かります。

この“若菜”が、現在の七草がゆの原型だと言われてい
て、そんなことを考えながら七草がゆをいただくと、なん
だか力が湧いてきたように思われました。(笑)

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大晦日




一年の終わりにあたり、氷川女体神社「巫女人形」を納
める準備を終えました。

人形2 (480x640)

願い事が叶ったら、布又は紙で作った衣装を着せて当
神社にお納めする巫女人形です。
(孫たちの成長を祈りました。)




獨協大学オープンカレッジ 2020春期・通年講座 

担当いたします二講座の日程、内容等が決定した旨
エックステンションから連絡がありましたので、

私のホームページ に掲載しました。TOPICS の上を
クリックしてご覧ください。

なお、「天皇に愛された女の物語」ー『とはずがたり』
につきましては、タイトル及び日帰りツアーの扱い等
について、センターからの提案があり、決定が一時
ストップしておりました。

結果、“これまで通りの講座内容、方法で行うのが
好ましい”との連絡を受けました。

最終講義の日に、受講生の皆さんから提出された
アンケートの集計が添付されていました。
講師の私がどのように説明しましても分かっていた
だけなかったことが、後に集計されたアンケートによっ
てご理解いただけたようです。  o(^▽^)o

ありがとうございました。


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函館山





今年も残すところ5日になりました。
今月上旬に、函館で一人住まいの義母が入院すると
いうことがあって、退院後の生活援助のため、家人が
函館に滞在していました。

北海道ではと、一括りに考えがちですが、函館は雪も
多くはなく、海に囲まれた地形のためでしょうか、極寒
地とは言い難い、むしろ避暑地程度の気温と思われま
す。


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家人から送られてきた函館山の写真、今のところ雪もこ
の程度です。



さらに細くなってしまた義母は、
「返って動きやすくなったわよ」と前向きです。年末の仕事
(茶道、生け花、懐石料理)も予定道通り行うと言います。

長年一緒のお弟子さん方には日常生活も含めての援助
をしていただいて、本当にありがたいことだと感謝してい
ます。



義母とは毎日決まった時間に携帯で連絡し合い、世間話
を含めたおしゃべりをしています。

以前から私達と義父母のスマホと携帯は契約者を同じに
したので、このように遠距離介護をせざるを得ない状況に
なってからは、特に助かっています。

長時間の通話にも、多い回数にも経費は一切かかり
ません。なぜなら、自分の機種から自分自身の機種
に通話していることになるからです。



年末年始の仕事やお仲間の集まりにお邪魔にならぬ
ようにと、家人は今日帰宅します。


週末は寒気が日本列島を覆うとの予報も出ているよう
です。今度行くときには函館山も真っ白に雪化粧してい
ることでしょう。


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柚子湯 the winter solstice





昨日は冬至だったので、柚子を湯船に浮かべて柚子湯に
してみました。

冬至は、一年で最も昼が短い日。 古代ではこれを一年の
始まりとするときもあったとか、そう思ってみたらひさしぶり
に陽が差した今日がとても新鮮に思われました。\(^o^)/


Yesterday was the winter solstice.
I take a hot bath scented with YUZU oranges.
I found the day is the first day of the year in a sense.

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崇徳院 ゆかりの地を訪ねて

    平安末、皇室系図 (363x640)


崇徳院(第75代天皇)は、鳥羽天皇の第一皇子です。
わずか5歳で即位し、在位18年で退位しました。
弟の後白河天皇と対立し、保元の乱(ほうげんのらん)
を起こし、敗れて讃岐の国(香川県)に流されます。


無念の思いを抱いたままその地に没し、白峯に葬られ
た崇徳院。
当時は盛り土のみの粗末な陵(お墓)だったようです。



岡山から快速マインライナーに乗り換えて約40分
瀬戸大橋を渡って坂出に到着。

駅から車で30分ほど、白峰山を登っていきました。

白峯御陵地図 (640x407)


標示 (640x480)
白峯寺の七棟門の前に立ち、左手の急な坂(西行の道)
を下りて行くと、右手に「崇徳天皇御陵」との標示が見え
てきます。

     高い階段の上に (480x640)
  何段もある階段の上にある御陵。 下からは見えません。

崇徳天皇白峯陵 (640x472)

悪霊伝説として語られてきた崇徳天皇御陵は、明治にな
り 京都へ移されて祀られたということです。(白峯宮)


こちらの御陵も当時から比べると、造り替えられていった
のでしょうか。 想っていたよりは立派にみえました。




山の登り口に建つ 高家神社(たかやじんじゃ)

高家神社 (640x466)

崇徳院の亡骸を棺に納めて山の上に運ぼうとした時
激しい雷雨に道を阻まれて一時休憩した場所。

棺台座 (640x480)

棺を石台の上に置いたところ、棺から血がこぼれたこ
とから、高家神社は別名「血の宮」というそうです。




その後16号線を坂出駅方面に走ると、綾川に架かる
橋を渡る前に、右手に見えるのは、

雲井御所跡 (640x467)
雲井御所(くもいごしょ)跡

讃岐に上陸した崇徳上皇が最初の2年間住んだところ。

それほど離れてはいない場所に「姫塚」がありました。
崇徳院と国府の役人の娘との間に誕生した皇女のお
墓です。

ともに855年の歳月を超えて、なお語り継がれるべく、
管理されている様子でした。






『とは(ワ)ずがたり』巻5には
作者二条尼がこの地を訪ねた旨を記しています。

讃岐の白峯、松山などは、崇徳院の御跡もゆかしくお
ぼえはべりしに、訪ふべきゆかりもあれば、漕ぎ寄せて
下りぬ





また、「百人一首」77には、崇徳院の恋の歌があります。

瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の
<セヲハヤミイワニセカルルタキガワノ
                われても末に あはむとぞ思ふ
               ワレテモスエニアワントゾオモウ>    
                  崇徳院

瀬の流れが速いので、岩にせきとめられて二つに分か
れた川の流れも、また下流で一つになるように、今は
せきとめられて君と別れたとしても、将来はかならず
再会して 一緒になろうと思うことだよ。



おうちレストラン

こんな素敵なプレートをいただきました。

さら

<オーバルプレート Arabiapitsi>  

人が集まったときに活躍してくれそうです。 (* ´ ▽ ` *)



でも、せっかくのプレゼント 
         普段使いで楽しまなくっちゃ♪ と、


いっしょもり

パスタ(ボロネーゼ) を 二人前、一緒 に盛ってみました。


  完食


 「おいしい!」  それもそのはず、(。-_-。)


    ぱすたそーす

パスタソース は、市販のこれを使っているんです。

きょうのお昼は  おうちレストラン を楽しみました。

望月



今年最後の望月、真ん丸 満月が出ました!



今日は旧暦 11月16日。これ以降 暫く
「有明の月」ー朝方まで空に有る月ーが
見られることでしょう。

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特定検査 の 日


   IMG_9958 (480x640)


皇帝ダリアが塀の上から顔を出していた。特定健診を受
けるために向かった病院までの道のりは徒歩でたったの
5分、今年はこれまでの「人間ドック」ではなくて、近くにあ
る市の実施医療機関病院での受診に変えたのだった。
この先もお世話になる個人病院である。


今年から独り住まいになってしまった義母の病状は、望み
どおりの回復に向かうにはなかなか厳しい。
高齢者の仲間入りした私たちの遠距離介護にも限度があ
ることだろう。

そこで、今後義母が転院することになるこちらの総合病院
も、いくつか候補の中からできるだけ通院に便利で、近い
ところにと決めている。


夏休みから家の中のものを思い切って整理し始めた。この
先人生、我々の残された時間にも限度が見えてきた。無駄
に場所を取るものは処分した方が良いと実感したからだ。


子どもたちの思い出の品や、着なくなって残っている衣類
なども一応断わった上で、処分して随分スッキリした。


「お母さんは、断捨離に励んでるの?」 と聞かれたので、

「いいえ、これは・・終活 」 と答えておいた。


   IMG_9957 (480x640)


今年度の講座が終了しました。

「百人一首」  

今年も「木枯らし1号」は吹かなかったということです。
温暖化の現代から平安時代の冬の季節を想像したと
しても、感覚的にちょっと違う・・かもしれません。

部立 [冬] 78

淡路島 かよふ千鳥の 鳴く声に
<アワジシマカヨウチドリノナクコエニ
               幾夜寝ざめぬ 須磨の関守
              イクヨネザメヌスマノセキモリ>    

          源 兼昌(みなもとのかねまさ)

淡路島から千鳥は鳴きかわしつつ飛んでくる。その
 鳴き声に、幾夜眠りをさまされてもの思いにふけった
 ことだろうか、須磨の関守は


 ちどり (640x480)
    冬の鳥 ちどり

今期の「百人一首」61番~80番の和歌が中心でした。




天皇に愛された女の物語
         ―「とはずがたり」後篇、二条尼の旅路


鎌倉を立ち、小夜の中山から都へ、

奈良の寺社を巡った後、石清水八幡宮で後深草院に
逢う。 一夜を過ごし、またの日を約して一旦都へ戻る
も、すぐに熱田神宮へと向かう。

熱田社殿 炎上に立ち会う。正応四年二月(1291)のこと。

熱田神宮のご神体 草薙神剣は難をのがれ、八剣宮に
納められたと記す。

春日権現験記絵 (640x337)
<春日権現験記絵>に描かれた 春日大明神

本絵巻図は宮内庁三の丸尚蔵館(修理完成記念)図録よりお借りしています。
           
           ▼


石清水八幡宮
<石清水八幡宮>後深草院と語り明かす夜          
          
           ▼

都から熱田へ (640x267)

    都から 熱田神宮への旅


次年度の各講座は、この続きになります。

 どうもありがとうございました。  


 

日曜日 のアップルパイ




久し振りに、アップルパイを焼いてみました。

焼きあがったパイの上にアイスクリームとブルーベリー
ソースをのせてみると、


 アイスクリームとソース添え

    まあまあの出来 かな ♪♪




大きなリンゴをたくさんいただいて、食べきれずに残った
もの3個を、グラニュー糖(150g)と レモン汁少々で煮て

 リンゴ煮

市販の冷凍パイシートを使用した ”リンゴの簡単パイ”です。

ブルーベリーソースも、冷凍品を使いました。
  (ブルーベリー 100g に グラニュー糖大匙2) 

なので、超簡単パイ!! 

ちょっとした 手作り感覚 に、満足しています(笑)

11月末 の 紅葉



風に舞う落ち葉もまた色とりどりの中、
あくまでも緑深き松の木が返って紅葉を
引き立てています。

69
 嵐吹く 三室の山の もみじ葉は
<アラシフクミムロノヤマノモミジバハ
              龍田の川の 錦なりけり
           タツタノカワノニシキナリケリ>           
                   能因法師 
激しい山風が吹きあらす三室山のもみじの葉は、
 龍田川の水面に散り浮かんで水面を覆っていて、
 まるで錦の織り物であるかのように美しいことだよ



歌枕(うたまくら)ー 三室の山、龍田の川 にも負けない 
紅葉 です。

11月 の ミセバヤ



ミセバヤの花が終わったら、厚みのある葉が
紅葉して、なんとも言えない色合いを見せて
います! しかも ハートの形に、、

多肉植物。 葉もまた「見せばや」デスネェ



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11月の桜

秋盛りから晩秋にかけて、桜が咲いているのを見る。
「これって、ヒガンザクラ?それともカンザクラ(寒桜)?」
と言うと、側にいた方が
ジュウガツザクラというらしいですよ」と。


そこで、ジュウガツザクラで調べてみたところ、

エドヒガンの系列でコヒガンの園芸品種。 花は毎年4月
上旬頃と10月頃の年2回開花する。春のほうが花は大きい。


とのことだった。




この桜は11月下旬に見沼たんぼの東縁で撮った桜なの
で、果たしてジュウガツザクラかどうか分からないけれど、
紅葉が進みつつある木々の間に見る桜は、控えめに優し
く咲いていて何だか懐かしい。

「百人一首」66
もろともに あはれと思へ 山桜
<モロトモニ アワレトオモエ ヤマザクラ
        花よりほかに 知る人もなし
        ハナヨリホカニ シルヒトモナシ>
       
 前大僧正行尊(さきのだいそうじょうぎょうそん)


いっしょに、しみじみと心にしみてなつかしいと思っ
 ておくれ、山桜よ。おまえよりほかに、私の心を知っ
 てくれる者もいないのだから。



修行中の若き行尊が見たのは春のヤマザクラだが、厳し
い自然の中で健気に咲きほこる桜にしみじみとした懐か
しさを感じたことだろう。


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11月 の 真葛(さねかずら)


我が家のサネカズラがどんどん蔓を伸ばし始めました。

  sanekazura.jpg

この勢いならば、来年の秋には赤い実をつけるかもしれません。

  turu.jpg




植物“さねかずら”は蔓草で、秋に可愛い赤い実をつけます。
実(サネ)が美しい葛(カズラ)という意味でついた名前。

また、かつて樹皮の粘液を男性が整髪料に用いたところから
美男葛(ビナンカズラ)との名を持ちます。




実物の“さねかずら”に初めて逢ったのは秋の鎌倉、「こんなに
可愛くて愛らしい実なの!」と感激、それ以来すっかりとりこに
なりました。


なので、“さねかずら”を数年前に見沼田んぼで見つけた時は
うれしさいっぱい、

  minumano.jpg

 ひと枝をいただいてきて、挿し芽にしてみたものです。



「百人一首」恋の歌に詠み込まれている“さねかずら”


 名にしおはば 逢坂山の さねかづら 人に知られで くるよしもがな
<ナニシオワバオオサカヤマノサネカズラヒトニシラレデクルヨシモガナ>                     
                       三条右大臣 
「逢って寝る」という名を持つ逢坂山のさねかずら、その名のとおり
 ならば蔓をたぐ り寄せるように、人知れず君のもとへ来る方法が
 あればよいのになあ




“さねかずら”の蔓をたぐり寄せるように忍んで貴方に逢いたいという
        
            恋の和歌です。


秋の横浜 ー おでかけ倶楽部 ー


 - 『とはずがたり』 を 読む講座 から-

神奈川県立歴史博物館 (横浜) に行って来ました。

   
   ご案内
     M A さんお手製の「おでかけ」 案内です。



今回の一番の目的は、一遍上人絵伝 を見ること!
特に、国宝である「一遍 聖絵」原本を見ることができるとい
うことで、目をハートにして、出掛けてきました。

一遍(いっぺん)上人とは、ご存じのように鎌倉中期の僧で、
時宗の開祖です。一方 『とはずがたり』の作者であり、主人
公でもある 二条さんもまた出家したあと諸国行脚の旅にで
ています。しかも、生存期が二条さんと重なっているのです。

『一遍聖絵』が成った1299年は後深草院二条が42歳の時
になります。

尼姿で鎌倉、武蔵の国、善光寺へと向かった二条尼 の姿が
絵の中に伺えるように 思われました。




さて、その後は横浜観光です。

横浜は、武蔵の国在住のわれわれが、来ようと思えばいつ
でも来られる範ちゅうなのですが、私の場合は(この前来た
のはいつだったけ?) と指を折って年数を数えてみる程前
でした。


メンバーのM Sさんが以前横浜にお住まいだったということで、
博物館のあとは、押していく時間をみながら、手際よく横浜を
案内してくださって、おかげで、横浜巡りも満喫出来たというわ
けです。


赤レンガ倉庫

赤レンガ倉庫

象の鼻公園

象の鼻公園を向こうにみて、

クイーン

通称 “クイーンの塔” (横浜関税)の前を通り過ぎて

横浜中華街

中華街に向かう。 北京飯店で昼食の後は、

寺院


中華街

中華街 をブラブラ・・・
もとまち

最後の〆の、MOTOMACHI の ウインドウショッピング

でした。   \(^o^)/

秋 めでばや ー その2 ー



校内の紅葉が始まりました。
銀杏並木の黄葉がすすむのは これから〜

「百人一首」に もみじ を詠んでいる歌が6首あります。その中の一首
このたびは ぬさもとりあへず 手向山 もみぢの錦 神のまにまに
コノタビワヌサモトリアエズタムケヤマモミジノニシキカミノマニマニ

作者は、菅原道真 

“幣(ぬさ)に代えて神にこの美しい今盛りのもみじを捧げます” と。



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秋 を 愛でばや ー その1 ー


秋らしい日が続いています。秋の到来を知らせるように花を
つけた「ミセバヤ」が、まだやさしい色合いで咲いています。


みせばや全体 (640x480)



垂れた枝の先の、玉のような花が次第に大きくなっていくの
を見ていると、なんだか穏やかな気持ちにさせられる花です。


アップみせばや (640x480)

それにしても、この花の名が「見せばや」だとは、ちょっとそぐわ
ないような気がしないでもありません。

「ばや」は願望をあらわす助詞で「見せたいものだ」というのだか
ら、その名が自らの美しさを自己主張しているかのように思える
からです。



「百人一首」90番に、こんな歌があります。

見せばやな 雄島のあまの 袖だにも ぬれにぞぬれし 色はかはらず
ミセバヤナオジマノアマノソデダニモヌレニゾヌレシイロワカワラズ
                殷富門院大輔(いんぷもんいんのたいふ)  
〔(私の涙でぬれて色まで変わった袖を)お見せしたいものですわ。
雄島の漁夫の袖でさえも、波で濡れに濡れてしまっても色は変わ
らなかったのに。〕



「ミセバヤ」にこの歌の初句が重なったのですが、ものの本により
ますと、花の名の由来は、深山でこの花を見つけた法師が、歌の
師にこの花を「見せばや(見せたいものだ)」と、文を添えたことが
はじまりだとありました。



なるほどね、それならば、納得です。日本では古くから栽培され、
古典園芸のひとつにもなっているそうです。


読書週間  Book Week

10月27日(日)から11月9日(土)の二週間が、読書週間な
のですね。

    Bookmark (471x640)

今年の読書週間の標語が-

おかえり、栞の場所でまってるよだとは今まで
知りませんでした。 あ~それで・・・ありがとうございます。p(*^-^*)q



今週の「百人一首」講座終了時に、受講生のEMさんから皆さん
に、手づくり栞のプレゼントがあったのです。

   栞 (480x640)

とても綺麗な千代紙で一枚一枚 折ってつくられていました。

「みなさんがそれぞれお好きな色 柄をご自分で選べるよう
に」と、机の上に並べられたところ、

それが、一枚のデザイン画のようで、とても綺麗だったので、
写真に納めました。


やっと、秋らしい気候になるようです。紅葉も始まっています。
みなさん、待っていてくれる栞を手に、読書をたのしみましょう。



Look at this picture. Bookmarks are lined up. Probably there are 60.
They are made of Chiyogami with beautiful colored designs.
All of the bookmarks together looked like a design drawing. It was wonderful.

One of the students on my course made these bookmarks.
When the lecture was over, she said to all her classmates. “I made bookmarks with Chiyogami.
There are a variety of colors and patterns. Please take any 2 you like.”
Then, the atmosphere in the class became very friendly.


七五三 と 中國菜店のお食事

先日は、東京に住む孫の七五三でした。両祖父母も揃って
地元の神明宮へ参詣してきました。


お宮参り1


子どもの成長と健康を感謝すると共に、今後の成長とさら
なる健康を祈願した次第です。


それにしても昨今の異常気象、自然災害の被害が予想を
遙かに超えて大きくなっていく現状が憂慮されます。この子
たちの未来のためにと、平和を願うのは言うまでもないこと
ですが、今日、明日の安全、安泰を願わずにはいられません。

人智の及ばぬことではないと信じながらも、ただただ神に祈
らずにはいられませんでした。



   宮参り2

さて、祈祷を受け、参拝もし、記念写真など撮ったあとは、
お食事どころへ。

途中、通りを歩いていると、見知らぬ方から「おめでとうご
ざいます」と、幾度か声をかけていただきました。とても嬉
しくて、心が温かくなったものです。



   中華菜店

お店の前で撮った写真です。  中國名菜店「孫」
シェフ 孫さんの写真が表にあり、分かりやすい場所でした。


当日は、良く分かっていず、後日になって、スマホの写真を
大きくして見た家人が、突然に言いました。

「あっ、これ孫成順だ。知ってるよ、なるほどな、だから美味し
いはずだよ」と。


家人が録画しているNHKの番組に登場している人でした。「ほ
ら、家でも作ったことあるのはコレだ」と、再生したのは6月に
放送番組「あさイチ」。
和洋中それぞれトップシェフが絶品レシピを公開する「夢のシェ
フ競演」シリーズでした。


退職後から始まった家人の料理、益々腕を上げています。実際
に孫さんのお店で食事をしたお陰で、 “我が家のシェフ”が腕を
振るってくれるのにもはずみがつきそうです。(拍手



見沼の秋


昨日の雨は終日土砂降りだった。 よくもこれだけの量の
雨を降らせられるもんだと、あきれかえるほどの量だった。

 柿の葉 (480x640)

朝、そっと窓から外をのぞいてみたら、朝日を受けた柿の木
に、靄がかかっていて、ぼんやりと紅葉した葉が見えてきた。

あさぼらけ 雨後の朝靄 たえだえに あらわれきたる 柿のもみじ葉

とでも詠んでみたい風情だ。



よし!今日こそ“見沼田んぼ”へ行ってみようと、落ち葉がいっぱ
い散らばった外回りなどもそのままにして、いそいそと出掛けた。


案山子公園から、西縁寄りの道を行く。


 ハナミズキにカラスウリ (480x640)

これは柿の実ではなく、カラスウリ。 小さな赤い実を付けた
ハナミズキの木に、カラスウリの蔓が絡みついて、いっぱい
カラスウリの瓜を実らせていた。


 カラスウリ (480x640)

そうだった、カラスウリの赤い実があちらこちらに見られる風景、
これも見沼の秋の風物詩だったと、今さら気付いたかのように
写真に納めていく。

いつもとかわらぬ“見沼の秋”の風景に安堵するとともに、いつ
までもこの風景が変わることのないようにと、願わずに居られな
かった。





ストリートピアノ

先週の土曜日のことだ。東京へ出掛ける用事が出来たので、
南北線の浦和美園に行くと、駅にピアノが置かれていた。


IMG_9756 (640x480)


ストリートピアノというのだそうだ。最近外国の駅に置かれた
ピアノを、通る人が弾いていくのを撮った番組を見るけれど、
こんな身近にあるとは、と驚いた。


「わが町、なかなか捨てたもんじゃないなあ」 と、思いながら
ピアノの近くの椅子に腰掛けた。すると、隣のテーブルの椅子
に座った人が、立ち上がってピアノに向かうではないか。


IMG_9759 (640x480)


何んと幸運なことに、次の電車を待つまで、時間調整の間だけ
だったけれど、ピアノの演奏を聞くことができたのだ。



練習中の曲、得意とする曲、思い出のメロディーなど様々に、
ピアノを弾ける人が、ここのピアノで演奏をしてくれるといいな。
生演奏が構内に流れると、雰囲気も明るくなったような気が
した。

IMG_9765 (640x452)


あの 「駅 ピアノ」番組の中に入り込んだようで、私はその日、
楽しい気分で東京に向かったのだった。


「百人一首」かるた遊び

獨協大学オープンカレッジ

  よくわかる「百人一首」の世界 秋期講座2回目

講義のあとに、希望者を募って かるた取り を楽しみました。


かるた取り (640x480)

今期は受講を希望される方の数が、早々と定員を超えたということで
したので、例年より多い受講生をお受けしての開講となりました。

講義の中で「百人一首かるた」の試み、これを ー「脳トレかるた」とよ
んでいるのですが ー
  その時間を確保するのは難しいと考えて、


時間外に、参加できる方だけで、「学生ホール」に移動し「かるた遊び」
の試みを楽しんだ次第です。



     ワンコインプレート (640x480)


試合 うん?、競技 いや?・・楽しんだ後は、 STYLE CAFE で腹ごしらえ

ワンコインプレート(消費税込み) と、 reasonable いや、cheap なのも

うれしくて、ついおしゃべりも長くなるというものです。(笑)


プロフィール

Keiko

Author:Keiko
写真:【 唱歌:「案山子」の立つ見沼氷川公園】

こんにちは! 日本古典文学
研究に従事しているものです。
子育てがほぼ終了という頃に
大学院に入学、現在は 古典
文学講座の講師をしています。

こちらには 自然と文化と歴史
を感じながら‘知るを楽しむ’
日常を記しています。         
     

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